幼い頃、「赤ちゃんはどこからくるの?」などと不用意に質問してしまったばっかりに、自分の両親を困らせてしまった、という経験はあるだろうか。
子育てのあるある的なエピソードとして、なんとなくよく聞くような話ではあるし、自分ならどう答えようかなどと、恋人もいない身で、たどり着けるかも分からない未来について真剣に考えたことくらいはあるかもしれない。
だがその実、そんな質問をされている大人に出会ったことがあるかと言えばない気がするし、不景気かつ少子化が進むこの国では、弟や妹という存在に縁がないまま成長してしまう子も多いだろうから、妊娠という哺乳類の不思議に出会って、疑問を持つ機会なんて訪れにくいに違いない。事実、俺自身も生粋のソロプレイヤー、家庭唯一の宝、ひとりっ子である。
あくまで推測に過ぎないが、幼子が赤ちゃんの出自に興味を持つタイミングといえば、おそらくそれは弟か妹を、自分の母親が身ごもったときだろう。時間が経つにつれて大きくなっていく母親のお腹を見ながら、「ここに赤ちゃんがいるのよ。弟と妹、どっちがいい?」なんて、答えたところで人の身では左右しようもない希望を聞かれ、そんな折に、純粋無垢ゆえの興味衝動に駆られてしまうのだ。
結果として、質問をされた両親はどぎまぎするかもしれないし、「おお、例の質問がついに!」と、内心でニヤニヤしながら、あらかじめ用意しておいた回答をドヤ顔で披露するかもしれない。
いずれにしても、そこで話す回答は、赤子の運び屋として名高い某鳥を犯人に仕立て上げるか、独自の理論を組んでおくか、適当に笑ってごまかすかになるのだと思う。
子供はなんにでも興味を持つ。真実を伝えて、万が一にでも「見てみたい!」などと言われようものなら困ってしまう。それに、自分でも実行しようとしてしまったら大問題だ。まあ、ある程度成長するまでは、実行しようにも機能しないと思うが。
というわけで、何が言いたいかと言えば、俺の両親はどこか頭がおかしいということである。
白状してしまうと、俺は例の質問を両親にぶつけたことがある。すると我が両親は、それはもう懇切丁寧に人体の仕組みを解説し始め、息子である俺のムスコが将来どういう役割を果たすことになるかを教え、女性は突入する側ではなく受け入れる側だということを教えた。唯一救いだったのは、行為そのもののリスクまで説明してくれたため、理解が及ばないながら、「大人になるまではやってはいけないらしい」というざっくりした感想を抱くに至れたことだった。
俺がもっと後先考えない衝動型の人間であったなら、大事件に発展していた可能性もある。もしそうだった場合の世界線へと思いを馳せる度に、冷静で察することのできる子供だった己を褒めてあげたい気持ちになるのだった。
ところで、俺には幼なじみの双子姉妹がいる。この双子姉妹こそ、家庭内ぼっちたる俺が人体の神秘について興味を持ったきっかけである。人がふたりも収まった大きな大きなお腹のインパクトこそが、俺に例の質問をさせるに至った原因であり、おかげで俺は、齢三つにして世界の真実を知ることになった。だがなんにせよ、年齢の近い子供が近所にいなかったこともあって、俺の両親と双子の両親は仲良くなり、俺と姉妹も自然と交流を持つようになって、気づけば「幼なじみ」という関係性が構築されたというわけだ。そしてその関係は、俺が高校生になった今も、無事に続いている。
「あっ、おにい! おはよー!!」
「おはよう、お兄ちゃん」
学校へと向かうため玄関を出ると、この寒い中、待機していた双子が笑顔を向けてきた。やたらめったら元気な笑顔と、控えめな微笑み。対照的である。
この姉妹、双子といっても二卵性双生児なので、見た目が瓜二つだったりはしない。ファッションセンスも異なるようで、髪型も違えば、制服以外でおそろいの服を着ているところなんて見たことがない。
性格も、大人しい姉に活発な妹と、正反対の性質を持っているし、とにかく双子と聞いて連想する要素が何もないので、傍目には、普通の姉妹にしか見えないだろう。
ゆえに俺も、普段はあまり、こいつらが双子であることを意識していない。
「毎日同じことを言うようだけどな、同じ学校に通うでもなし、このくそ寒い中、毎日俺を待ってなくて良いんだぞ。どうせ五分くらいで道も分かれるんだし」
「だからこそ待ってるんだよ! ね、お姉!」
「帰りは合わせるのが難しいから」
「いや、行きも帰りも合わせなくていいという話なんだが……だいたい、こっちは電車通学、そっちは徒歩なんだから、俺に合わせてたら早く着きすぎるだろ」
「早く着く分には問題ない」
「お姉の言うとおり! それに、なんだかんだ言って、朝こうやって私たちがいなかったら、それはそれで寂しいでしょ?」
「俺はむしろ、静かな冬の朝が好きだ」
「ダウト。お兄ちゃんは今、嘘をついた」
「美少女ふたりに迎えられる朝が嬉しくないわけないじゃん! 全男子の憧れでしょ?」
「自分たちに”美”をつけるな”美”を!」
「事実」
「私たちが美少女じゃなかったら、うちのクラス悲惨だよ?」
「お前らは今すぐクラスメイトの女子全員に謝れ」
「事実」
「なんなら今度見に来なよ。OBなんだからうまいこと言えば入れるんじゃない?」
「……とりあえず自信過剰なことは分かった。にしてもやっぱつらいだろ、寒い中待つの。特にそのスカート。確か中学、スラックスでも良かったはずだろ? 冬はスラックスにすればいいんじゃないか?」
「心配してくれるのは嬉しいけど、それこそおにい、寂しいでしょ? このまぶしい太ももが見られなくなるなんて!」
「ガキンチョがなんか言ってんなあ……」
「その割に視線は感じる。……むっつり?」
「……俺は断じて見ていない。気のせいだ」
俺は思わず顔を背けた。まさかバレてるなんて……ではなく、なんだかこういう悪ノリが、日に日にエスカレートしている気がする。変なところだけ、息ぴったりの双子システムを発動しないでほしい。
「ええい、バカ話してたら電車乗り遅れちまう! 行くぞ!」
旗色が悪くなった俺は、足早に進み始める。ポケットに両手を突っ込み、顔はマフラーにうずめて、寒さに対して防御態勢を取る。が、進む度に感じる風はやはり冷たい。
……あいつらやっぱ、あのスカートじゃ寒いと思うんだけどな。
「あからさまに逃げたよ、お姉」
「これは私たちにも大人の魅力が身につき始めている証拠」
後ろで何か話しているような気がするが、それは聞こえないことにした。
ついでに、マフラーの下で自分が笑顔になっているのにも気づかないことにする。
俺は、静かな冬の朝のほうが好きなんだ。
ボイスドラマ作品『StAY wiTH GEMInOs!!~とある双子とある風景』の原作となったシナリオです。
このシナリオをもとに、百舌鳥さんが脚本化、演出を行い、音声作品化されました。
私目線の感想は、先日書かせていただいた「『StAY wiTH GEMInOs!!』の失敗」をご参照ください。
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