迷ってへたれて抱きしめて #3

 

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 妹は何か病気なのではないか。
  
 そんな風に少し心配になってしまうほど、自転車は軽々と進んだ。定員一名の乗り物に、無理して二人乗っているとは思えない。
  
 それでも存在感だけはしっかりあった。主に背中に。
  
 中学一年生にしてこれだけ成長できているなら、健康ってことか。
  
 僕は、妹だぞと念じながら自転車を漕いだ。こんなことで変に意識するあたり、まだ人間ができてないななんて客観視しながら。
  
 僕らの通う中学は、自宅から二キロほど離れたところにある。歩きだとそこそこ歩くが、自転車ならそう遠くはない距離だ。
「お、あれは」
 
 通学路の途中で見知った背中を見つけて、スピードを緩めた。
「おーい、さくらー!」
 呼びかけると、向こうも気付いたようで、
「おーす、遥」
 走りながら答えてくれた。
  
 彼が、今朝母さんの話に出てきた茸谷桜その人である。
「何か、通学途中で会うのは久しぶりだなー。お、那都葉ちゃんも一緒か」
 桜は後ろの那都葉に気付いてその笑顔を向けた。桜と遊ぶときに、よく那都葉も参加していたので、那都葉と桜も昔から顔なじみなのだ。
  
 ゆえに桜は当然、
「今日はお兄ちゃんとラブラブ登校かー? 良かったな那都葉ちゃん」
 我が妹の生態にも詳しく、僕にべったりなことを把握している。小さい頃からこうやってからかってくるのだった。どうも、那都葉のリアクションを面白がっているらしい。
「はい! ラブラブです!」
「ははっ! 今日も絶好調だな!」
 とまあ、こんな感じで。
「しかし桜、お前よく走りながら、そんな余裕の表情で会話できるな」
 僕は、笑いながらも変わらず快調なペースで走り続ける親友に言った。
「制服じゃ、本気のペースは出しにくいからな。まあ、余裕はあるぜ」
「これでもまだ軽いってことか。さすが体力バカ」
「うっせー!」
 僕達は笑い合う。
「ま、でもその体力が買われて、希代(のぞしろ)学園に推薦で入っちゃうんだからすごいよ、本当」
 希代学園は、県内にある高校の一つだ。偏差値で言って優秀な部類に入る学校であり、私立の中学に通うような頭の良い生徒も進学する高校である。
 今はもちろん引退したが、陸上部に所属していた桜は、大会などで好成績を残したことが目に留まったのか、その希代に推薦ということで入学が決定しているのだった。
  
 勉強はむしろ悪い部類に入る奴なので、本当に運動だけがとりえみたいなものだが、僕は本当に、こいつの運動センスはすごいと思っている。陸上以外でも、スポーツなら大抵は上手くこなすからな。
「んなもん、猛勉強して希代に入ったお前もすごいっての。俺にはできねぇよ」
 走りながら、桜は言った。
「お兄ちゃん、本当にすっごく勉強してたもんね!」
 後ろから、那都葉の声も加わる。
「……まあな」
 何と答えたら良いのか迷って、曖昧に相槌を打った。
  
 他のことなら謙遜するところだが、このことに関しては、そんなことない、とは言えなかった。
  
 あれは夏休みだっただろうか。僕は偶然……いや、はっきり言って、見ようと思って盗み見たのだ。「彼女」の、進路先調査の用紙を。
  
 そこで、成績優秀な彼女でも一筋縄ではいかないかもしれない高校の名前を見たとき、猛勉強をしようと決めたのだった。
 
 ――だから、正直言って「頑張った」と誇りに思っているんだ。希代に入学できたことを。両親も喜んで、決して安くない学費を出してくれたしな。
  
 全ては彼女、「兎束美海(うづかみみ)」のおかげだった。彼女がいたから、僕は――
「おい。ここで自転車、降りた方が良いぜ」
「あ、おう。そうだな」
 話しているうちに中学が近づき、僕は一端自転車を止めた。那都葉を降ろすためだ。自転車の二人乗りが教師に見つかるとうるさいので、この曲がり角で降りるのが生徒の間での常識だった。
  
 那都葉を降ろし、ついでに僕も自転車をおして歩くことに決めた。桜とは、一度別れる。
  
 あいつは中学をゴールとしていて、ゴールするまでは走るのをやめないので、ペースが合わないのだ。それに、どうせ僕は、真っ直ぐ教室には行かないからな。
  
 否、行けないのだ。
(#4へ続く)
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