BGM:ムーディーな音楽
SE:ドアベル
店主「いらっしゃいませ」
ルシアン「(久しぶりの再会で少し照れたように)や、やあ、ウォルター」
店主「おや、これはまたずいぶんと懐かしい顔だ。久しいね、ルシアン」
ルシアン「はは、そうだね。本当に久しぶりだ」
店主「どういう風の吹き回しだ? いや、いいか。とにかく座ると良い。まずは旧友との再会を喜ぼうじゃないか。今グラスを出すよ」
SE:食器のこすれる音
ルシアン「みんなはまだ来ていないのか?」
店主「(棚を探りながら)ああルシアン、君が一番乗りだとも。……ああ、これだ」
SE:グラスをカウンターに置く
店主「うん? 何をしている。さあ、座りたまえ」
ルシアン「あ、ああ、失礼しよう。……ええと、それじゃあまずは――」
SE:ボトルをカウンターに置く
店主「君は運が良い。ちょうど、上質なタイプAが手に入ったんだ。飲むだろう?」
ルシアン「……まだ何も言っていないのに。ウォルターにはかなわないね」
店主「これが友情さ。あるいは、経験と言い換えてもいい。伊達に千年も店を構えていないよ。――さあ、どうぞ」
SE:グラスに液体を注ぐ
ルシアン「(香りをかいで)うん、良い香りだ」
店主「そうだろう」
ルシアン「それに、良い赤だね。美しい色をしている」
店主「ああ。まるでセレナの瞳の色みたいだろう?」
ルシアン「(一瞬黙ってから薄く微笑んで)……うん、そうだね。彼女の笑顔を思い出すよ」
店主「良かった、その様子だと、乗り越えられたようだね」
ルシアン「はは、まあね。だいぶ時間はかかってしまったけど、うん。ようやくね」
店主「今年で百年だ。普通の百年なら私たちにはあっという間だが、この百年は君にとってつらかっただろう。君が今日という日を迎えたことを、友として嬉しく思うよ」
ルシアン「ありがとうウォルター。確かにこの百年はこの上なくひどいものだったけど、意味のある百年だったよ。おかげで、久しぶりにこうして、みんなに会いたいと思えるようになった」
店主「それは良い。喜ばしいことだ。てっきり今年も四人での開催になると思っていたからね」
ルシアン「四人?」
店主「ヴィクトールとイザベラ、それにラインハルトさ。あの三人は、毎年顔を見せてくれる」
ルシアン「ああ、あの三人は相変わらずなんだね。……レイナは?」
店主「君と同じで、しばらく見ていないね」
ルシアン「そうか……まあ、そうなってしまうよね。彼女は、セレナの親友だったから」
店主「そんな顔をするな。君が来てくれたんだ、もしかすると彼女だって、今年は顔を出すかもしれないぞ。君も知ってのとおり、招待状は変わらず出しているからね」
ルシアン「ははっ、そうだね。うちにも開けていない招待状がたくさんあるよ」
店主「(冗談めかして)おお、それは素晴らしい。捨てられていないだけありがたいというものだ。(真面目になって)……なあルシアン、私の招待は、君の孤独に鞭打つことにはなっていなかったかい?」
ルシアン「……そうだね、うん。本音を言えば、見たくないときはあったかな。でも、それ以上にありがたかった。嬉しかったと、思う。君の、吸血鬼らしからぬ気遣いと、律儀さがね」
店主「ふっ、ありがとう。最高の褒め言葉だ。確かに長生きする我々は、他人のことなんて気にしない者が多い。十年、二十年と全く干渉しないことだってある。……だが。だからこそこうも言えるだろう? 私は、友人思いの吸血鬼だと(ウィンク)」
ルシアン「はは、間違いないね。まさか人間たちも、吸血鬼が友情の鎖を頼りに、場末のバーに集まっているなんて夢にも思わないだろう」
店主「どうかな。人間たちにも似たような文化はあるからね」
ルシアン「え、そうなのかい?」
店主「おや、知らないか? ホリデーパーティーやニューイヤーズ・イブ・パーティーなんかがそうだ。あと面白いところで言えば、ボウネンカイとかね」
ルシアン「ボウネンカイ?」
店主「極東の島国では、今くらいの時期にボウネンカイと称してパーティーをするらしい。なんでも、仲間で集まり酒を飲んで行う、年忘れのパーティーなんだそうだ」
ルシアン「年忘れの……ふふっ、それは面白いね。それじゃあ、まさに僕たちのこれはボウネンカイじゃないか。僕たちの場合、記憶を飛ばしてくれるのは魔法だけどね」
店主「そういう意味では、ヴィクトールは極東のほうが性に合っているのかもしれないな」
ルシアン「ああ、彼は相変わらず血よりもアルコールなんだね?」
店主「もちろんさ。奴の酒好きは、全ての記憶を消し飛ばしたって変わらないだろう。私に言わせれば、奴こそ吸血鬼らしくないね」
ルシアン「律儀に毎年招待状を出す長命種族と、血よりも酒が好きな吸血鬼の対決か。良い勝負になりそうだ。……にしても、その島国ではなぜボウネンカイを? 人間は僕たちと違って、放っておいても記憶が消えていく優れた種族なのに。酒の力を借りる必要なんてないだろう?」
店主「さあ、私も伝え聞いただけだからそこまでは。まあ、人間も人間で大変なんだろう。仲間と酒を酌み交わしたくなる程度にはね。気持ちは分かるよ。実は私も、こうして年の瀬に集まって仲間と語り合う日を楽しみにしているんだ」
ルシアン「(優しい笑みを浮かべて)……そうだね。僕も、早く彼らに会いたいよ。もちろん、イザベラの忘却魔法で余計な記憶を消し飛ばしてもらうって目的もあるけど。何しろ百年分溜まっているからね」
店主「一応聞くが、セレナの記憶は消さないんだろう?」
ルシアン「ああ。忘れたほうが楽かもしれないけど、彼女の記憶はこの先もずっと抱えていくよ」
店主「そうか。うん。私もそれが良いと思う」
SE:柱時計の音
店主「おっと、もうこんな時間か。そろそろヴィクトールたちも来るかもしれないな」
ルシアン「ついつい話し込んでしまったね。そのせいで、ごめん、せっかくのタイプAなのに、すっかり乾いて固まっちゃったよ」
店主「ああ、私のほうこそすまない。一旦グラスを空にするとしよう」
SE:フィンガースナップ(指パッチン)
店主「これでいい。さあ、今度こそ味わおうじゃないか」
SE:グラスに液体を注ぐ(二回 / 二杯分)
店主「では」
ルシアン「繋げてくれた友情に」
店主「私たちの再会に」
二人「「乾杯」」
SE:乾杯(グラスをぶつける)
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本作は、朗読、ラジオドラマにご活用いただけるシナリオとして、「HEARシナリオ部」の活動内で作成いたしました。
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○クレジット
シナリオ作者:柚坂明都(ふぁいん) https://hear.jp/finevoices
シナリオ引用元:それはまるで大空のような https://fineblogs213.com/bounenkai/
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