食わせ者

SE 木々のざわめき
SE 雪の上を歩く

猟師「ふう……あいつめ、ずいぶんと遠くまで逃げやがった。さすがに人間とは、走る速度が違いすぎるな」

SE 雪の上を歩く

猟師「だが、あいつはすでに何度も人里に姿を現している。冬眠し損ねた、危険なクマだ。まだ人間を襲ってこそいないが、だからこそ今のうちに、息の根を止めておかねばならん。人の味を覚えたら厄介だからな」

SE 雪の上を歩く

猟師「幸いにも、雪についた足跡で行き先は丸わかりだ……む、あそこで途切れているな。とすると、あの辺りのやぶにでも飛び込んだか。どれどれ……ふん、思った通りだな、こちらに毛が落ちている。知能が高いと言っても所詮は獣よ。人間様の頭脳にはかないっこな……」

クマ「(カットイン)あのー」

猟師「うおおおおおびっくりしたあ! なんだ!? 誰だおい!」

クマ「あ、クマですぅ。どうもー。今あなたが覗いている藪の反対側におりますぅ」

猟師「クマだあ? ふざけたいたずらしやがって! どこのガキだ、今すぐ出てこい! 今、危険なクマを追ってるんだよ。下手にうろちょろしてやがると、間違えて撃っちまうぞ」

クマ「いやだから、そのクマがぼくなんですって。こうしてしゃべってるんで信じられないとは思いますけど、でも、しゃべるクマが一頭くらいいたっていいと思いません?」

猟師「良いわけあるか! 俺はな、何頭もクマをさばく中で、あいつらの喉だって何度も見てきた。いいか、あいつらの声帯の構造じゃあ、音は出せても細かい発声はできねぇんだよ!」

クマ「わーお、頭ごなしに否定するかと思いきや、筋が通った答えを返してくるじゃないですか。そう言われちゃうとぼくも困っちゃうなあ」

猟師「へん、ガキの浅知恵で変な作り話をするからだ。いいから早く出てこい。今なら怒らないでおいてやる」

クマ「分かりましたよ。出て行きますから、撃たないでくださいね?」

猟師「俺に殺人でムショに行けってか。撃たねぇよ。ほら、銃も構えてねぇ」

クマ「では……」

SE ガサガサ(茂み)

クマ「あ、どうもー」

猟師「……」

クマ「あ、あれ、どうなさいました? こんにちは、ハロハロ?」

猟師「クマじゃねぇかああああ!!!!」

SE 銃声

クマ「うわあああああ!!!!」

SE 茂みに飛び込む

クマ「ちょっと! 何するんですか! 撃たないって言ったのに!!!!」

猟師「いや撃つだろ! 目の前にクマが出てきたら撃つだろ! 歴戦の猟師なら撃つだろ!!」

クマ「約束が違う!!」

猟師「いやだってお前……えぇ……マジでクマなの?」

クマ「だからクマだって言ったのに。言っときますけど、これ、ぼく悪くないですからね? 最初からクマだって名乗ってますから、ぼく」

猟師「あ、分かった、着ぐるみだろ。そうやっておちょくってんだろ? 悪いことは言わん、今すぐ脱げ。マジで撃たれても文句言えねぇぞ」

クマ「もうマジで撃ったじゃないですか……ったく、疑り深い人ですねぇ。モノホンのクマだって言ってるのに」

猟師「どこの世界に”モノホン”なんて言葉を使うクマがいんだよ」

クマ「ここにいます、ここに」

猟師「かーっ! 話が進まねぇ! しゃあねぇ……分かった分かった、じゃあお前は本物のクマなのな。今度こそ撃たねぇから、一回出てきちゃくれねぇか」

クマ「本当ですね? 本当の本当ですね?」

猟師「なんだよ、疑り深いクマだな。人のこと言えねぇじゃねぇか」

クマ「いや、こちとら一分前に撃たれてますからね? そりゃ確認くらいしますとも」

猟師「撃たねぇよ。そら、銃だって置いてやる」

SE 雪に銃を落とす

クマ「ふむ……これなら大丈夫そうですね。じゃあ、出ますね?」

SE ガサガサ(茂み)

クマ「改めましてクマで……」

猟師「(カットイン)そりゃ!」

クマ「……ん? それ、なにしてます?」

猟師「何ってお前、見てのとおり羽交い締めだよ! どうだ、このまま組み伏せて正体あばいてや……」

クマ「(カットイン)そぉい」

SE ぶん(投げ飛ばす)

猟師「おわあああああ!」

SE 雪の上に転ぶ

猟師「いってぇ……てめぇマジで何モンだ? おれは、猟友会の中でも一、二を争う力自慢だぞ?」

クマ「だーかーらー、クマですって。何回言わせるんですか。人間がクマの力に勝てるわけないでしょう? ましてや組み伏せるなんて。いくら冬の食糧不足で体重が落ちてるとはいえ、こちとら三百キロはゆうに超えてますからね? 階級が違いますよ階級が。スーパーフライ級とヘビー級くらい違います」

猟師「なんで階級に詳しいんだよこのクマ……はあ、分かった。信じるよ。あんなに軽々投げ飛ばされちゃあ信じるしかねぇ。お前はクマだ」

クマ「ようやく分かってくれましたか」

猟師「つまり撃って良いってこった」

SE ジャキ(銃を構える)

クマ「うわあ、待て待て待って! 降参、降参ですから!」

猟師「降参もくそもあるか! 危険なクマは撃つ! それがおれの仕事よ」

クマ「両手を挙げて降参してるクマのどこが危険なんですか! この状態の相手に問答無用でぶっ放すなら、そっちのほうが危険ですよ!」

猟師「む、クマのくせに一理あることを言いやがる」

クマ「その”クマのくせに”ってやつやめません? 無意識に他の動物を下に見るの、悪い癖ですよ人間の」

猟師「そうは言ったって、知能で言やあ劣るだろう? クマなんだし」

クマ「……まんまと反対側の藪に入っていきそうになった猟師が何か言ってますね」

猟師「よし撃ち殺す」

クマ「いやだなあ人間様、ほんのクマジョークじゃないですか。許してくださいよ、下等な獣の言うことですよ?」

猟師「はあ……ま、仕方ねぇか。確かにこれだけペラペラ喋られちゃあ、おれも撃ちづらいのは確かだ。分かったよ、今回は見逃すよ。その代わり、もう人里に出てくるんじゃねぇぞ」

クマ「あ、実はそのことでご相談が」

猟師「クマも提案するとき右手挙げんのかよ」

クマ「右利きなんで。で、相談なんですけど」

猟師「なんでぇ」

クマ「実は、ご覧のとおり冬の山は深刻な食糧不足に陥っておりまして、なーんにも食べるものがないんですよ」

猟師「おう……まあ、そうだろうな。冬だしな。雪降ってるしな」

クマ「はいぃ。ですからその、すこーしでいいんで食べ物を分けていただいたりできませんでしょうか?」

猟師「なんでだよ! なんでおれがお前に食わせてやんなきゃなんねぇのよ」

クマ「本当に少しでいいんですぅ。このままだとさすがにエネルギーが足りなさすぎて、おちおち寝てられないんですよ」

猟師「この時期に冬眠してないってのはそういう理由か。いや、けど、そう言ったってなあ。おれもちょうど、今夜のクマ鍋がおじゃんになったところだし」

クマ「……何も聞かなかったことにします。何も聞かなかったことにするんで、何卒!」

猟師「んー……いやあでも、森まで食糧持ってくるの大変だぜ? 少しったって、そこそこ食うだろ、お前」

クマ「まあ、はいぃ……自分ヒグマなんで。そこそこ食べますぅ」

猟師「うだうだやってる間に日も暮れてきちまったから、今から戻ったんじゃ、また森に来る頃には夜になっちまうからなあ」

クマ「あ、だったら自分がそちらにお伺いしましょうか」

猟師「バッカおめぇそれが駄目だって言ってんだろ! そもそもなんで追われる羽目になったのか分かってんのか! お前がこっちに来たらみんながビビるんだよ」

クマ「そうですか……やっぱり全身黄色くして、赤い服でも着ておくべきですかね?」

猟師「いや、リアルでそれをやられたらそれはそれで怖ぇよ。……マジどうすっかなあ。めんどくせぇ……」

クマ「あ! 今めんどくせぇって言いました? うぅ……ひどい! そもそも森の規模が縮小して、餌が減っていっているのは誰のせいだと……」

猟師「今時のクマは泣き落としまですんのかよ……あー分かった分かった。望み通り食わせてやるよ。一日くれ。明日持ってきてやる」

クマ「本当ですか!」

猟師「ああ。人里に来られるよりマシだ。あと一日くらい、耐えられるよな?」

クマ「もちろんです! ありがとうございます! このご恩は一生忘れません!」

猟師「じゃ、明日な。時間は……時計はないだろうから分かりやすく正午にしとくか。場所はここでいいか?」

クマ「大丈夫です。ここでお待ちしてますね!」

猟師「はいよ。そんじゃな」

クマ「はい!」

SE 雪の上を歩く(遠ざかる)

クマ「……いやあ、これで何とかこの冬を乗り越えられそうだ。ぶっきらぼうだけど、良い猟師さんだったな。一か八かの懸けだったけど、話せば分かるってこういうことを言うんだ。殺し合わなくても解決できるなんて、人間の言葉を覚えて良かっ――」

SE 銃声
SE 倒れる

猟師「……食わせてやるって言っておいて、まんまと相手を撃ち殺す。んでもって、家族に食わせる肉にする……はっ! これがほんとの『食わせ者』ってな」

SE 雪の上を歩く(近づく)

猟師「……すまんなクマ公。覚えたてのお前さんにゃあ分からんかったんだろうが、人間の言葉ってのは、全部ほんととは限らねぇんだ。自分の利害で、平気であざむく。それが人間の言葉ってやつよ。もちろん、それで良いとは思ってねぇ。思ってねぇが、それはそれとして、損得で動けちまう。……なんだかよう、悲しいことだよな」

SE ライターで火を点ける

猟師「(たばこを吸って吐く)」

猟師「ま、タマ取っといて言い訳するつもりはねぇ。俺はお前を殺した。そしてありがたくお前をいただく。クマにも天国ってのがあるのかは知らねぇが、あの世があるならよ、おれを恨むついでに、言葉を話せちまった自分を恨みな。まったく……普通に逃げてりゃ、逃げおおせたかもしれねぇのにな。だからクマごときにゃ、知恵が足りねぇって言うんだよ。その力と爪を持った奴が言葉までしゃべる恐怖を、ちっとも分かっちゃいねぇんだからな」

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本作は、朗読、ラジオドラマにご活用いただけるシナリオとして、「HEARシナリオ部」の活動内で作成いたしました。

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○クレジット
シナリオ作者:柚坂明都(ふぁいん) https://hear.jp/finevoices
シナリオ引用元:それはまるで大空のような https://fineblogs213.com/kuwasemono/

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