意味

 それは、人類の叡智えいちが輝きを増した時代。

 人々はポリスと呼ばれる都市国家を形成し、共同で生活しながら、議論に明け暮れていた。

「やはり誰かのいたずらではないのか」

「いいや、奴隷が束になっても抜けなかったんだ。誰にも気付かれずに、そんなものを打ち込むことはできないだろう」

「そうだ。きっとこれは神からのメッセージに違いない。正しく読み解き、活用できれば、さらなる発展が約束されるはずだ」

 本日の議論のまとは、一ちゅうはしらだった。高さは大人の身長を倍にした程度、太さは、小柄な女が両腕を回して丁度といった代物で、素材は石。それも、純白の石である。それは、彼らが丘の上に建築した神殿――すなわち、守護者の神殿に使ったのと同じ素材だった。

 目を引くのはその表面だ。ひとつの石材から切り出されたであろう継ぎ目のない白柱は、光を反射するほど見事に磨き上げられていた。その美しさは、凝った装飾にも負けない神々しさを人々に感じさせる。そして、その魅力に惹かれてひとたび触れれば、ひんやり、つるつるとしていて、不思議な心地よさもあった。その魅惑の手触りもまた、人知を超えた何かを人々に思わせるのに十分であった。

 そして極めつけは、「作者不明」という事実である。柱は三日前、アゴラ――すなわち、生活の中心である共同広場に突如として現れた。

 最初に柱を見つけた男は語る。

「俺がいつものように一番乗りで広場に向かうと、見覚えのない柱があったんだ。だから俺は最初、夜のうちに、誰かが勝手に作品を置いていったんだと思った。そういう芸術家気取りはたまにいるだろ? 日の出の直前でまだ薄暗かったのもあって、全貌はよく見えなかったし、どうせしょうもない自己顕示欲のひとつだと思った。鼻で笑いながら、どうしたもんかと頭を巡らせたもんさ」

 男は、話を聞こうと群がる民衆に向かって、さながら吟遊詩人のように朗々と、身振り手振りに表情まで加えて言葉を紡ぐ。大仰おおぎょうな男の話しぶりに、しかし人々はすっかり引き込まれていた。男は、ここぞとばかりに目を見開き、弁を振るう。

「……でもな、本格的に太陽が顔を出して、あたりが一気に明るくなったとき、俺の心はがらっと変わった。――美しかったんだ、あまりにも! しかもよく見りゃ、ただそこに立ててあるんじゃなく、地面に突き刺さっていた! この、毎日大勢の人間が踏みしめている硬い地面に、だ! そんなのただでさえ大変なのに、夜のうちにとなればなおのことだろう。だからもう、これはいよいよ作者が気になるってんで、誰が名乗りを上げるかと、俺は一日中広場で張った。これほどの目立ちたがり屋だ、すぐ出てくるに決まってると思ってな。……が、みんなも知ってのとおり、今日このときまで、音沙汰なしだ。目撃者もいねぇ。こんな不思議なこと、他にあるか? 俺は知らないね」

 男の話は、その興奮とともにたちまちポリス中に広まり、考察好きの人々を熱狂させた。そしてすぐ、噂となって都市中を飛び交い始める。

「おい聞いたか、例の柱、やっぱり神の建造物だってよ!」

「いや、人間にも作れる可能性はあるって言ってたぞ。確か――」

「柱に触れさせたうちの子の病気が治ったのよ! もうずっと、咳が止まらなかったのに! 治癒の柱に違いないわ!」

「試しに壊そうとした馬鹿がいたらしいんだが、傷ひとつつかなかったらしいぜ」

 伝聞と、経験と、推測に、誇張まで入り混じり、言葉の波に乗せ、ひとつの渦となっていく。

 そんな街と、広場を、彼らの聖域たる丘の上、アクロポリスから眺める男は呟いた。

「知る由もないことを、人は知ろうとする。意味のないものから、意味を見出そうとする。……これを空虚と思うかね?」

 男の問いは風に乗り、そばで控える弟子たちの耳に入った。が、誰も答えない。それが分かっていたかのように、男は、言葉を続けた。

「……わしはこれこそ、生きることだと思うのだ」

 弟子たちは、ただその場で、静かに頷いた。弟子のひとりは後にその言葉を人に伝え、また別の者は、書物として残した。だが、男の考えが正しいのかは分からない。そんな、正しいかも分からない考えの集合は、後の世で『哲学』と呼ばれた。

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本作は、朗読、ラジオドラマにご活用いただけるシナリオとして、「HEARシナリオ部」の活動内で作成いたしました。

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○クレジット
シナリオ作者:柚坂明都(ふぁいん) https://hear.jp/finevoices
シナリオ引用元:それはまるで大空のような https://fineblogs213.com/meaning

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