矛盾

町人 「騎士様、この店でございます」

衛兵 「ここか、詐欺を働いていると噂の武器屋は」

町人 「その通りでございます。曰く、『どんなものでも貫く矛』と、『何ものにも貫けない盾』を売っていると宣伝しておりまして」

衛兵 「ほう。まさに故事にある『矛盾』そのものだな」

町人 「へい、ゆえに通報させていただいた次第で」

衛兵 「分かった。本当に詐欺だった場合は、金一封を進呈する」

町人 「ありがとうございます!」

衛兵 「まずは店主に確認する。貴様はそこで待っていろ。……おい店主、店主はいるか」

店主 「いらっしゃいませ、お呼びでしょうか」

衛兵 「貴様の店が詐欺を働いていると通報があってな。本当かどうか確かめに来た。商品を見せてくれ」

店主 「詐欺など……滅相もございません。何かの間違いではございませんか?」

衛兵 「それを今から確認するのだ。町人が言うには、『どんなものでも貫く矛』と、『何ものにも貫けない盾』を売っているそうだな。見せてみろ」

店主 「はあ……おそらくこちらでしょうか?」

衛兵 「これか。これが『どんなものでも貫く矛』と、『何ものにも貫けない盾』なのだな?」

店主 「正確には、『どんなものでも貫く矛』と、『どんな攻撃でも防ぐ盾』にございます」

衛兵 「それは言葉遊びか? 同じことだろう」

店主 「いえいえいえ! 大きな違いにございます」

衛兵 「まあよい。では質問をするが、この矛でこの盾を貫こうとするとどうなる?」

店主 「矛は盾を貫通し、盾は攻撃を防ぎます」

衛兵 「言っている意味が分からん。私を侮辱すれば、この場で切り伏せてもよいのだぞ」

店主 「もしそうされたとしても、わたくしにはこの盾がございますので、いかに騎士様の攻撃と言えど防ぎます」

衛兵 「なるほど、商品に自信があるのは確かなようだ。では実際に試すとしよう。私がこの矛を持ち、貴様がその盾を持つ。そして私が貴様の盾を思い切り突く。偽りがなければ、防げるはず。そうだな?」

店主 「もちろんでございます」

衛兵 「偽りがあれば、攻撃を防ぎきれず貴様ごと貫かれるだろう。矛が盾を貫通できなくても、貴様は逮捕だ。よいな?」

店主 「是非もありませぬ。その代わり、騎士様。手加減などされませぬようお願いいたします。力を抜けば、いかに我が商店の誇る矛と盾なれど真価を発揮できませぬゆえ」

衛兵 「貫けなかったときに私の力不足とする気か? その手には乗らぬ。全力でいくゆえ覚悟せよ。――いくぞっ!」

(間)

衛兵 「……なんだその盾は。刺した瞬間、へこんで潰れた……? 手応えも奇妙な……柔らかな感触。なんだそれは」

店主 「こちらが我が商店の誇る『クッション盾』にございます。前面を柔らかな金属で覆い、背面を堅い金属で作る。そして、両者の間に空洞をつくっているのでございます」

衛兵 「空洞だと?」

店主 「はい。この盾は、表面に攻撃があたった瞬間、柔らかい金属が変形し、つぶれる構造になっております。そうすることで、攻撃の勢いをなくしてしまうのです。勢いがなくなった矛は、そのまま堅い金属にぶつかり、止まる。どんな攻撃も止まるゆえ、『どんな攻撃も防ぐ盾』にございます」

衛兵 「そういうことだったか……」

店主 「ただし、我が店の矛は極めて鋭利ですので……ほらこのとおり、いかに衝撃を削られようとも、全力の攻撃であれば、切っ先が背面の金属を貫通はします。とはいえ、持ち主の体まで届くには至りませんけどね」

衛兵 「すまなかった。貴殿の言葉に偽りはなかったようだ。貫いてしまった盾の代金は払うよ」

店主 「いえ、結構です。実はこの盾、まだ試作を重ねているところでございまして、確かにどんな攻撃も防ぐのですが、大きな欠点として、使い捨てなのでございます。一度表面が潰れてしまえば、普通の盾と変わりませんので」

衛兵 「言われて見れば、確かにそうだな。面白い発想ではあるが、一度きりでは使いづらい」

店主 「そうでございましょう? ですが、此度の手合わせで、何か閃いたような気がいたします。貴重な体験をさせていただきましたのでお代は結構でございます」

衛兵 「そうか、分かった。ちなみに、この矛のほうはどうなのだ。こちらも試作品か?」

店主 「いえ、そちらは名のある工匠こうしょうに頼んで、私の設計通りに仕上げてもらった自信作でございます。鋭利さはもちろん、持ち手の形状と素材を工夫することで、力が入りやすく、どんなものでも貫く威力を実現しております」

衛兵 「そうか。ではこれを、騎士団で購入させていただくことにしよう。盾も、完成した暁にはまた見せてくれ」

店主 「ありがとうございます」

(間)

町人 「ひっひっひ、この新しい武器屋もこれで終わりだ。騎士様から金一封をいただいたあとは、商売敵を潰せたことを報告にいかないとな……。依頼人の武器屋もこれで満足だろう」

衛兵 「おお、町人。待たせたな」

町人 「これは騎士様。いかがでしたか?」

衛兵 「ああ、それなんだがな。詐欺ではなかったよ。むしろ、これまでの発想にとらわれていない良い武器屋だ。騎士団で武器を購入させてもらうことにしたよ」

町人 「えっ! そ、そんな馬鹿な……」

衛兵 「ところで、この武器屋を貶める噂はどこから出ている? 誤解されやすい売り方をしていたこの店にも非はあるが、今後は騎士団も使う店だ、悪い噂は、正しておくとするよ」

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本作は、2023年10月8日に開催した「HEARオフ会」内、「THE FIRST ACT」用の台本として制作いたしました(掲載にあたり、オフ会開催時より、一部修正を実施しております)

通常のHEARシナリオ部作品と同様、朗読、ラジオドラマにご活用いただけるシナリオとして、ご使用いただけます。

ご使用の際は、説明欄等に、以下クレジットをご記入いただけますと幸いです。

また、音声投稿サイト「HEAR;」での投稿時には、タグに「矛盾」もしくは「HEARシナリオ部」と入れていただきますと、作成いただいたコンテンツを見に行くことができるので嬉しく思います。

○クレジット

シナリオ作者:柚坂明都(ふぁいん) https://hear.jp/finevoices

シナリオ引用元:それはまるで大空のような https://fineblogs213.com/contradiction

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