33歳の私

どうも、ふぁいんです。

人生で33回目の誕生日がやってまいりました。だからというわけでは全くないのですが、今日は仕事を休んで親知らずを抜歯してきました(本当に全く誕生日関係ない)

鈍い痛みを左奥に抱えながら、今年も誕生日恒例のこれ、書いていきたいと思います。

誕生日配信を終えて

今年は珍しく(というか初めて?)日付変更前後で生配信を行い、配信中に33歳を迎えてみました。

配信内で行った告知通りなんですが、オリジナルのボイスドラマ制作プロジェクトを始動させることにもいたしまして、33歳のスタートは非常にクリエイティブなものになったのかなと思います。
(以下画像クリックでキャスト募集ページが開きます)

配信の中でも30代についてあれこれ語りましたけど、はっきり言って、33歳になってこんな、配信やらボイスドラマ制作やらやっているとは、全く思っていませんでしたね。

そういう時代、と言ってしまえばそうなのですが、私が子供の頃に漠然と捉えていた30代はもっとこう、純然たる大人と言いますか、変な話、もっと堅物で、もっとストイックで、「遊び」からは卒業した存在なのかと思っていました。

忙しくて、大変で、見本で、模範で、献身的で、愛情深くて。

何というかこう、明らかに子供とは格が違う、いわゆるひとつの「到達点」であり「完成形」。

それが、幼少期に感覚で捉えていた「大人」というものだったような気がします。

……33歳になった自分を思うと、到底そんな、崇高なものになれている気はしないのですけれど笑

とはいえ、自分の体力の天井というか、スペックの折り返し地点というか、そういう肉体的な意味での「到達点」はうっすら感じていて、精神的にも、滅多なことでは焦らないし怒らないし落ち込まない「安定性」みたいなものは感じているので、そういう意味では、ある意味ひとつの「完成形」には至ったのかもしれないなとは思います。

それは全く完璧などではない不格好な代物ですし、格が違うどころか、本質的には子供となんら変わらない代物なのかもしれないですけど。

ま、そんな自分も好きなので、これはこれで良いかあ、と思いますね。

第二のモラトリアムなのかもしれない

色々な活動をしていて思うことなのですけれど、もしかすると今、大学卒業以来2回目のモラトリアムがやってきているのかもしれません。

ある程度経済的に自由で、やりたいことの選択肢を自分が握っていて、やってもいいしやらなくてもいい。そんな猶予期間が、再び到来している気がします。

とはいえさすがに大学生ほど時間的なゆとりはありませんが、とはいえ本当に、不自由がないんですよね。

せいぜい「通勤だるいなあ」と思っているくらいで、仕事そのものはそこまで苦ではないし、残業もないし、収入にはゆとりもある。何なら投資もできている。現金の貯金もそれなりに手元にある。

一緒に遊んでくれる友人がいて、話してくれる仲間がいて、推しがいる。リアル脱出ゲームに興じたり、旅行に行ったり、ライブに行ったりできる。

悩みもなければ焦りも不安もない、凪いだ海原のような、静かで、安定的で、目の前の開けた時間。

それが今だなあ、と思います。

あまりにも不自由がないせいで、むしろ刺激がない、変化がない、物足りないと思うときもあるんですけど笑

基本的にはいいことだと思っているので、33歳はそんな猶予を利用して、少しあれやこれややってみてもいいのかなと思っています。

その第一歩として、ボイスドラマ制作プロジェクト、年内完遂を果たしたいですね。

やりたいことリストでも作るかあ

てなわけで、33歳走り出しましたので、この1年も変わらず「おもしろく生きる」をモットーに、色々なことに興味を持ちながら生きていければと思います。

正直30代になって、最も減衰が顕著だなと思うのが「意欲」なんですよね。あれやりたいこれやりたい、あれほしいこれほしい、あれ目指そうこれ達成しよう――そういう、20代の頃には放っておいても湧き上がってきていた原動力みたいなものが、小さく弱くなっているのを感じます。

だからこそ、何があろうとゆらぐことなく、ゆったりまったり生きていられるというところもあるんですが、その生き方が「おもしろい」のかどうかは一考の余地があるなと思っているので、なるべく楽しそうなこと、目指したいことを探して生きていこうと思います。

小さなことから大きなことまで、とりあえず並べるだけ並べた「やりたいことリスト」を作ってみるのもいいですね。

とにかく、変に縮こまらないように、時にはあえてビッグマウスなんかも吐きながら、色々やれればと思います。

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