迷ってへたれて抱きしめて② #8

「――で、ところで那都葉、お前この部屋で何やってたんだ」
 ため息も一息には変わりなく、文字通り一息ついた僕は、思い出して那都葉に尋ねた。
 
 すると平然とした様子で、
「何って……お兄ちゃんのスメルを堪能してたよ?」
 そう返してきたのでチョップした。
「いたっ! ひ、ひどいよお兄ちゃん。正直に答えたのになんでチョップするの?」
「お前が正直すぎるからだ。欲望に対してな」
「私だからね!」
「威張るな」
「いたっ!」
 全く反省というものが見られないのでもう一度お仕置きしてやる。
 
 少しだけいつもより力をこめたからか、那都葉は頭を両手で押さえ、座ったまま体を丸めて呻いた。
 
 ――と、その頭に、そっと小さな手が添えられた。
「え……?」
 那都葉は驚いたように少しだけ顔を上げた。
 
 ……いや、驚いたのは那都葉だけではない。僕もだ。
 
 行為の主は、琉未ちゃんだった。
 
 まさか、人見知りで引っ込み思案なこの子が、自らそんなことをするなんて……!
 
 それは、「意外」という一言に尽きる出来事であった。
「おねえちゃん……あたま、だいじょうぶ……?」
 琉未ちゃんは心配そうな顔を浮かべて那都葉の頭をさすった。
 
 ――一応述べておくと、この「頭大丈夫?」という琉未ちゃんの発言は単に殴られた頭を心配しただけであって、那都葉の頭の中身について言及したわけではない。……と、思う。
 
 とにかく僕が見る限りでは、他意のない、純粋な気遣いに満ちた瞳が那都葉に向けられているように思えた。
 
 ……まあ、幼女の直感で那都葉が変な奴だと気づき、気遣ったという線もなくはないが。
「え、あ、えっと……う、うん。大丈夫、だけど……」
 穢れのない瞳で見つめられた那都葉は、目に見えて動揺しているようだった。
 
 それは言うなれば、『あまりにも経験のない対応をされて、どうしたらいいか分からない様子』だと形容するのが的確な気がする。そして、そうなってしまうのは無理もないことだった。
 
 何しろ、それは本当に経験したことのないリアクションだろうからな。
 
 というのも、僕と那都葉のやりとりを見た人間の反応というのは限られていて、大抵、次に挙げるどちらかの反応になるものなのだ。
 
 ひとつは、那都葉の変態ブラコンぶりにびっくりして何も言えなくなるパターン。
 
 これは、那都葉の見た目と行動とのギャップに言葉を失うタイプである。
 
 那都葉というやつは、見た目に限って言えば、身内の僕から見ても清楚系美少女だと言わざるを得ないルックスをしている。だから、その見た目から勝手に中身を想像していた人は、その実態に呆然とするのだ。
 
 もうひとつは、びっくりを通り過ぎて面白くなってしまい、那都葉の変態性を楽しみだすパターンだった。
 
 当事者の僕としては、将来が心配で楽しんではいられないのだが、第三者的には、こんな奴はそうはいないし自分には害がないので見ていて面白いらしい。
 
 桜とかはこのタイプだな。
 
 実はこのふたつには共通性があって、それは、いずれにしても「那都葉の変態性に衝撃を受ける」ということだった。
 
 つまりそれは秋本那都葉という人間と接するとき、その変態性は避けて通れず、また無視もできないものだということ。
 
 もっと噛み砕いて言えば、那都葉という人物を見るとき、人は皆――この僕も、多分父さんや母さんも含めて――「ブラコン妹」という属性を前提として見るのが普通だということだった。
 
 だから今回のように、その「変態ブラコン」という那都葉最大の特徴をスルーして体の心配をされたのは、きっと那都葉にとって初めてのこと。
 
 戸惑うのも道理なのだった。
 
 僕自身、驚いているしな。
「よかった……!」
 那都葉の返答を聞いた琉未ちゃんは、ほっと安心したように呟いた。この家に来て初めての笑顔を見せてまで、那都葉が無事だったことを本当に喜んでいるようだ。
 と、思いきや今度はその顔が真剣なものに変わって僕のほうに向いた。
 
 僕と目が合うと、
「あ、あう……」
 ちょっとだけ気弱な表情になったが、それでも意を決したように、琉未ちゃんは僕に言った。
「あ、あのね、どんなことがあっても、人はたたいちゃだめだって、お母さん言ってたよ。なるべくたたかないで、話しあうのが良い子なんだって。だから、その……おにいちゃん。おねえちゃんに、あやまったほうがいいと、思い、ます……」
 徐々に声は小さくなっていったし、視線も僕から外れて、最後にはまた俯いてしまったものの、琉未ちゃんが言ったことは、紛れもなく僕への説教だった。
「あー……えっと……」
 今度は僕が上手くしゃべれなくなる番だった。
 
 なるほど、あの純粋な瞳で、真剣な顔で訴えかけられると、それはもうダイレクトに心に届いてしまって、言葉が出なくなるらしい。
 
 しかも、言っていることは間違いなく正しいことなのだ。
 
 おばさん、テキトーそうに見えて良い教育してるんだなあ……。
 
 こうなってしまうと、僕がとらなければならない行動はひとつだった。
「那都葉」
 僕は、何となく気まずそうな顔をしている我が妹を見た。
 
 多分僕も似たような表情をしていると思う。だが、琉未ちゃんの将来を思えば、ここできちんと正しい姿を見せておかねばならないだろう。
「頭、殴っちゃってごめんな。あと、踏んじゃって、いや、踏ませちゃって……? えっと、うん。とりあえず色々ごめん」
「う、うん……大丈夫だよ、お兄ちゃん。平気だから。私も色々ごめんね」
 僕達は互いに謝りあった。今回ばかりは那都葉も全くふざけるそぶりはなく、真面目に応じる。
 
 正直、非常にレアな体験をしたような気がした。
(#9へ続く)
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