3
翌朝。
アラームが鳴る前に目を覚ました僕は、両腕に違和感があることに気が付いた。
それは、だるいような重いような。
感覚があるようなないような。
そんな、妙な感覚。
試しに手を閉じたり開いたりしようとしてみるが、上手く動かすことができず、動かし方によっては痛みも走った。
(ああ……そうか)
そんな症状の正体に、徐々に覚醒を始めた僕の脳は気づく。
過去にも、こんな経験をしたことが何度もあった。
例えば、テスト勉強をしていて、途中でつい寝てしまったとき。
あるいは、横になりながら本を読んでいて、やはり、いつの間にか寝てしまっていたとき。
そんなとき、僕の腕はよくこんな状態になったものだ。
つまり。
意図せず寝てしまったときなど、「腕を体の下敷きにして寝てしまったとき」に、腕がこうなるのである。
ちょうど、長時間正座していると脚の感覚がなくなってくるのと同じように、重みで腕の血流が滞って痺れたようになるのであった。
(夜の間、ずっと動かなかったんだな。二人とも)
現状を正確に理解したところで、僕は仰向けのまま、首だけを左右に動かして「腕の麻痺の原因」をそれぞれ見た。
――すー……すー……
僕の両側の双子は、まるで鏡合わせのように全く同じ姿勢で、僕の腕を枕にしてすやすや眠っていた。
両方とも、見たところ寝入ったときと変わらぬ様子で寝ており、特に布団が荒れた様子もない。
意外にも、双子は両方とも寝相が非常に良いようだった。正直、琉未ちゃんはともかく、凪未ちゃんについては予想外である。
凪未ちゃんは、起きているときと同じように、寝ている間も暴れるのではないかと思っていたんだけど。
僕は意外なタイミングで、この双子の、容姿以外に似ているポイントを発見したのだった。
……さて。
そんな考察をしている間にエンジンがかかったのか、脳が通常運転を始めたあたりで、僕は二度寝ではなく起きることを選択した。
双子を起こさないように気を付けつつ、痺れて上手く動かない腕をなんとか引き抜くと、一気に血流が流れ出すじんわりとした感覚がやってきた。僕はしばしの間それに耐え、腕が普通に戻るのを待つ。
血の流れを感じられなくなったところで何度か腕を動かして、問題がなくなったことを確認すると、そこで初めて時計を見た。
――八時五分、か。
なんだかすごい早朝に目覚めたような気分でいたが、そこまで早く起きたわけではなかったようだ。そもそも九時には起きる気でいたから、一時間くらい早まっただけか。
それならば、と僕は早々に着替えまで済ませてしまうことにした。
Tシャツとズボンを脱ぎ、昨日のうちに決めておいた洋服に着替える。襟付きの薄いブルーのシャツにパーカー、そしてジーパン。久しぶりに月野さんに会うということで、一応持っている服の中から、自分なりにおしゃれな格好を考えたつもりだった。変じゃなくて、清潔感もあって、なおかつ気合を感じさせ過ぎないような格好を。
だが、不安もあった。上手く服を組み合わせることができているかという点に、全く自信がない。ファッションについては人よりも疎い自覚があった。そのため以前にも、もっとファッションに興味を持っておけば良かったと思ったことがあったわけだが……
結局、あれ以来何も進歩していないのでまた同じ後悔をすることになったわけだ。
まあ、自業自得である。
(空雅さんに聞いても駄目だったからな……)
僕は内心で、昨日のことを思い出した。
実は昨日、あまりにも自信がなかったので思い切って人に相談してみようと思い、僕は、僕の知る限り最もイケメンな男性である空雅さんに連絡してみていた。
以前、デートスポット的なところについて相談して以来、何かあったらあの人に聞けばなんとかなるんじゃないかという思いが芽生えていたのだ(なお、あのときの情報は、残念ながらまだ活かせていない)。
が、
『服に関してはそれぞれの感じ方もあるし、何より着る本人に似合っているかが重要だと思うから、メール越しじゃ俺からは何とも言えないな。悪い』
事情を話して相談するも、返ってきたのは、考えてみれば至極まっとうな、そんな答えだった。
――そりゃ、何の情報も与えずに『おしゃれな服のコーディネートを教えてください』なんていきなり聞いたってそう言われるに決まっているよな、と一夜経った今では思う。
我ながら、必死過ぎて頭が回っていなかったのだ。
ただ、そんな無茶ぶりに近いお願いに対しても、さすがは空雅さんと言うべきか、出来る限りのアドバイスをしてくれていた。
それが、
『言えることがあるとすれば、ファッションの基本中の基本は清潔感だ。清潔感のある格好をすれば、まず変に思われることはない。自分の感性を信じて、違和感のない色の組み合わせで、かつ清潔感のある服装を目指せ』
だ。
よって僕は今回、自分なりに清潔感のある服装を目指したのである。
自分の感性を信じなきゃいけない時点で、センスに自信がなくて相談した身からするとベストな回答とは言えなかったのだが、とはいえ、あんな答えにくいざっくりとした質問に対して、「清潔感」というひとつの指標を与えてくれたことだけでもありがたいので文句は言えなかった。
「今度こそ、ファッションの勉強をしておこう……」
僕は服を着た自分を見下ろしながら、小さくつぶやいて誓ったのだった。
(#13へ続く)
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