迷ってへたれて抱きしめて #6

「悪いけど先帰っててくれ」
 放課後になり、クラスの連中が次々教室を出るなかで、僕は桜に告げた。
「お、どうした遥」
「ちょっと……岩倉に呼び出された」
「お前が? マジか、珍しいこともあったもんだな」
 桜は自分の鞄を片手に、意外そうな顔を浮かべる。しかし、何かやったのか? とは聞いてこなかった。
 ぼん、と僕の肩を叩いて、
「良い思い出じゃん。記念記念。やっぱ一回くらい先生に呼び出されねぇと青春じゃねぇ」
 訳の分からない理論を展開させて笑うと、分かったと言って帰っていった。
  
 聞かなくて良いことは聞かない。……ホント、あいつ良い奴だぜ。
「よし、じゃあ青春しよー!」
「のわっ!?」
 再び、元気の良い声に肩を叩かれて振り向くと、それは兎束さんだった。なぜかその表情は楽しそうである。
「青春か、良いこと言うなあ、茸谷君」
 嬉々とした表情で頷いているので、一瞬呆気にとられてしまった。
「嬉しそうだね?」
「呼び出しって一回されてみたかったの。ふふっ」
  
 ……もしかして、兎束さんって少し変わっているのだろうか。長い間彼女を見てきたつもりだけど、今日だけで新しい一面を発見しまくりだぞ……。
「さ、行こ? 秋本君」
「あ、うん……」
 半ば流されるように、職員室前へと向かった。
  
 職員室では、先生方が入れ替わるように出入りしていて、授業も終わったというのに慌しい雰囲気が漂っていた。教師の職務は、まだまだ終わらないのかもしれない。
  
 岩倉先生の姿が見えなかったので、しばらくそこで待機することになった。横を先生が何人も通っていくので少し居づらい。
「楽しみだね」
 そんななかで、兎束さんはやはりまだ笑顔だった。少し冷える廊下で手をこすり合わせながら、キョロキョロと先生を探す素振りを見せている。これから注意を受けるというのに、そんな感じは全く見受けられない。本当にわくわくしているようだ。
  
 兎束さんのことが分からなくなりつつ、困惑しながら待っていると、
「おう、すまんな秋本、兎束。遅くなった」
 向こうから岩倉がやってきた。
「よし、俺の席んとこ来い」
 来るなりそう告げられて、後について職員室のなかに入った。
  
 室内には、先生同士で談笑していたり、机で何かやっていたりと、普段なかなか見ない先生達の姿があって、よく知る学校ながら新鮮な気持ちがした。
「あれ、秋本お兄さんどうしたの?」
 那都葉の担任の先生もいて、僕は気まずい思いで曖昧に濁した。
「さてと」
 並べられた机の一角に着くなり、岩倉は着席し、回転椅子の向きを変えてこちらに体を向けた。僕と兎束さんはその前に立って横並びとなる。
  
 まさにこれから怒られますという雰囲気。正直慣れていない僕は身構えた。
「女の子と紙でやりとりするのって楽しいよなあ、秋本」
「え……」
 岩倉は、到底怒っているとは思えない笑みを浮かべて、僕にまずそう告げた。その目は真っ直ぐ僕を見ていて、逸らせない力を感じ、ただ見つめ返す。返事をするべきだとは思ったが、はい楽しいですとも言えず、完全に不意を突かれて言葉に詰まった。
 その無言を意に介さず、今度は兎束さんの方に視線をやった。
「俺昔から気になってたんだけどさあ、あれ女子の方は楽しんでるの?」
「楽しいですよ、すごく」
 即答だった。何の躊躇いも無く、悪びれもせず、彼女は楽しいと笑顔を見せる。それに岩倉は怒ることもなく、
「そうかー。ルミちゃんも楽しかったのかなあ……」
 そんな風に呟いて、なぜかしみじみとしているようだった。
「先生、ルミちゃんって誰です?」
「ん? ああ、先生が高校時代に、ちょっと手紙のやり取りみたいなことをした女の子だ。手紙って言ってもお前らがやっていたようなメモ書き程度のものだけど。あの頃は携帯なんてなかったからな」
「へー、素敵なお話ですね」
「だろー? 可愛かったんだよ、ルミちゃん」
 ……。
  
 何だ、これ。
  
 兎束さんと岩倉の間で、全く知りもしない先生の昔話に花が咲き、はっきり言って僕は置いてきぼりをくらっていた。
  
 岩倉は「ルミちゃん」という、いわく清楚で可憐な同級生について語っており、兎束さんはそれに相槌を打ったりして楽しそうにしている。
  
 一体何のために僕らは職員室へ呼び出されたのか。
  
 岩倉がルミちゃんに惚れていて、告白しようと色々な作戦を練ったのだという話になったあたりで、たまらず僕は遮った。
「あの、先生。怒るんじゃないんですか?」
 会話が止まり、僕の方に岩倉が向き直る。
「何だ秋本、怒られたいのか? 変わった奴だな」
「は?」
「秋本は不思議な奴だなー。なあ兎束」
「あはは、そうですねー」
 ……いやいや。え?
「えーと、僕達を叱るために呼んだんですよね?」
 一人だけ何かかみ合っていない。そんな空気に少し不快感を覚えながら、僕は根底を確認した。
  
 すると、
「いいや、叱るつもりは全くないぞ」
 ものすごくあっさりと、僕の根底は覆された。
「はっは、いやごめんごめん。そうだよなあ、普通は叱られるんだと思うよな。今でも七割くらいの奴がそうだ。兎束は、どうやら三割の方みたいだけどな」
 わけが分からない僕を見て、謝りながら岩倉は笑った。兎束さんもまた、ごめんね秋本君、と申し訳なさそうにしながらも微笑んでいる。
「実はね秋本君、岩倉先生って、生徒指導の先生なのに生徒を怒らないってことで、一部で有名なんだよ」
 笑顔のまま事情を説明してくれた。それに付け加えるように、岩倉が自分の教育論を語ってくれた。
「俺はな、秋本。生徒指導担当なわけだ。つまりはさ、生徒を良い方向に導くのが俺の仕事ってこった。その方法は別に叱ることだけじゃないと思ってるんだよ」
「それで、自分の昔話を?」
「ああ、そうだ。子供ってのは時代が変わっても、同じことをしたりするものなんだ。今回のことだって、言ったとおり俺も似たようなことをしてた。それなのに、そんな俺がお前らを叱るってのは何か変だろ? それよりも、自分の経験を踏まえてお前ら生徒に教えてやるほうが、俺としては自分が納得できるんだ」
 岩倉はそう言うなり、机のほうへ向き直ると、机上のメモ用紙を二枚ちぎって何やら記した。そしてそれを、僕と兎束さんにそれぞれ手渡す。
「途中で話が遮られちまったからな、今回のことで俺が教えたいことを、お前ら風に紙に書いて渡す。なーに、簡単なことさ。それ読んで、できれば守ってくれよ」
 それじゃあ解散!
  
 そう言って、岩倉は僕達を送り出した。職員会議があるらしく、すぐに出て行ったほうが良い雰囲気だったので、小さなメモ用紙を手に、ひとまずは職員室を後にする。
  
 気付けばあわただしく、僕の人生初の呼び出しは終わりを迎えた。何が何やら分からぬままに。
  
 ただ一つ、分かったことがある。
「岩倉の生徒指導があんなだって分かってたから、楽しみ、なんて言ってたんだね」
 指導前には不思議でならなかったあの兎束さんの態度に納得がいった。
  
 あの指導なら怖くない。むしろ、戸惑いはしたものの少し楽しさすらあった。
  
 兎束さんは頷いて、
「岩倉先生、良い先生だよね」
 そう僕に言う。
「うん、何か好感。変わった先生だけど」
 僕は素直にそう言えた。
  
 今まで生徒指導の教師ってことで、何も悪いことはしてないとはいえ、できれば関わりたくないと思っていたけどな。ただ叱るのではなく、自分なりに考えてやっているというところが良いなと思えた。
  
 叱られるよりもこっちのほうが、何だか先生の言葉を受け入れやすいしな。ああ、気をつけようって変に反発することなく思える。
「そういや、もらった紙……」
 一瞬忘れていた手の中の小さなメモ紙に視線を落とした。
『場合を考えよ』
 大きくそう書かれた文字がまず目に入ってきた。その下の余白に、それよりも小さい字で短い文が書かれている。
『人生には、じっと黙っているべき時もあれば率先して行動を起こさなければならない時もある。時々に合った行動をして、評価、チャンス、色々なものをゲットだ!』
 時々に合った行動、か。
  
 卒業式、その練習。今がどういう場面か考えて行動しろってことだよな。
「ねぇ、秋本君の紙にはなんて書いてあった?」
 兎束さんが、自分の紙を見つめながら訊いてくる。
「要は、卒業式の練習中は静かにしてようって話だったけど」
 僕は紙を差し出した。
「ふむふむ、場合を考えよ、か」
「ね? そうでしょ?」
「うん。でも、それだけじゃないと思うな。何か、これからも役に立ちそうな良い言葉だと思う。行動してチャンスを掴もう、とか」
 まあ、それは確かに。ある種、人生の教訓的な部分も含んでいる気はする。
「兎束さんの紙にはなんて書いてあったの?」
 僕は気になった。が、
「ふふ、それは秘密」
「えっ! な、なんで?」
「乙女の秘密なんだよー」
 そう言って、教えてはくれなかった。
  
 乙女の秘密……一体何を書いたんだ?
  
 考える僕をよそに、
「私、岩倉先生好きだなー」
  
 兎束さんは、自分がもらった紙を胸に抱いて言うのだった。
  
 その後僕らは、どうせならと一緒に帰ることとなった。僕から誘えたわけもなく、
「帰り道、途中まで一緒だよね? 一緒に帰ろうよ」
「お、おう」
 嬉しすぎる兎束さんからのお誘いに、言葉をしぼり出して二文字で返答した結果である。
  
 今日一日で少し距離が縮まった気もするのだが、やはり緊張はある。
  
 鞄の持ち手をしっかり握り直して、
  
 …………!
  
 ――僕は唐突に、あることに気がついた。
  
 二人きり、だ。
  
 居残っていたために、他の生徒はすでにほとんどが帰宅しているか部活に行ってしまっている。先生も、職員会議ならば全員が職員室に集まっていることだろう。つまり、校舎内を行動拠点にしている部活動にさえ気をつければ、誰にも邪魔をされることはないのだ。
  
 今、告白しても。
  
 もっと言えば、帰り道ならもう誰もいないだろう。ただ、たまに道でたむろっている奴もみかける。学校の中のほうが安心かもしれない。
  
 鞄を持つ手にさらに力をこめる。チャンスだ。岩倉の言うチャンスを掴む時が早くもやってきた!
「どしたの秋本君。帰ろ?」
「あ、うん……」
「何? 何か忘れ物?」
「いや、そういうわけじゃなくて、その……」
 ……よし。
「いや、何でもない。ごめん、行こう」
 やっぱりここは、慎重にいこう。ここだと先生たちに聞こえるかもしれないしな! いや? 告白するよ? するする。男を見せますよ、ええ。ここはびしっと。何かもう岩倉の言葉がそのためだったとしか思えないし。とりあえず帰り道。良い感じに人がいない時を見計らうことにします。
(#7へ続く)
―――――
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