まっしろな雪が、まっしろな空から降り続けています。
はらはら、はらはらと落ちる白い粒は、あたり一面をまっしろに染めながら、少しずつ、つめたい世界に変えていきました。
トナカイくんは、その白い世界で、幸せに暮らしていました。その体にも、立派なつのにも、白くて、つめたい雪が積もっていきますが、全然寒くはありません。なぜなら、トナカイくんのとなりに、大好きなあの子がいたからです。
ある日、トナカイくんは、あの子のために、とくべつなことをしてあげたいと思いました。大好きなあの子に、とくべつなことをして、喜ばせてあげるのです。
とくべつってなんだろう?
トナカイくんは、きょろきょろと周りを見回しました。けれども、見渡す限り、ずっと遠くまで、まっしろな世界が続くばかり。
トナカイくんは、初めて、少しばかり冒険に出てみることにしました。
秋に降る雪
2022年10月16日(日)、南浦和駅。
『南條愛乃 Live Tour 2022 ~A Tiny Winter Story~ supported by animelo mix』の最終公演である埼玉公演(さいたま市文化センター)に参加するため、会場最寄り駅に降りると、日差しとともにじんわりとした暑さが襲ってきた。
今回のツアーテーマは「冬」だが、季節は秋。
朝晩は涼しくなっても、日中は暑い時間もあるこの季節に、一体どんなライブがおこなわれるのか。果たして冬らしくなるのか。期待を胸に入場した会場内で、まず目についたのは、舞台上に張られた白い幕だった。
通常の緞帳とは違う、白い幕。それはそのままスクリーンの役割を果たし、暗転と同時に、会場内に雪を降らせた。
くるくると落ちていく雪の結晶たち。同時に、南條愛乃の声で、トナカイくんの物語が紡がれ始める。
南條愛乃による「冬」が、ここに始まった――
朗読と歌で世界をつくる
今回のライブは、二部構成にも思えるボリュームたっぷりの内容となっていた。
メインパートは、「とくべつ」を探して冒険に出るトナカイくんの物語をベースに、内容に沿った曲を歌っていくという今までにない方式で進められていった。
メインパートのセットリストは以下のとおり。
1.Merry
2.vignette
3.ゼロイチキセキ
4.光のはじまり
5.ヒトリとキミと
6.全ては不確かな世界
7.青星
8.My Heart My Hope
9.物語よ始まれと願う空に
10.シュガーポット
11.ありったけの愛しさで
12.余韻
13.A Tiny Winter Story
1曲目はMerry。クリスマスを想起する明るい曲で登場した南條愛乃は、純白のサンタのような衣装に身を包み、軽やかなステップと笑顔で幸せをプレゼントしていく。白い帽子がキュートで、会場がかわいいに包まれると、そのままの雰囲気で2曲目「vignette」を披露。歌詞にあるとおり、「恋」を胸に刻んでしまうごきんじょ(南條愛乃ファン)を量産することになった。
そこから朗読と、衣装チェンジを挟んで3曲目。流れてきたのは「ゼロイチキセキ」のイントロだった。トナカイくんの物語では、ちょうど、「とくべつ」を探す冒険に出たところだったので、それをイメージしての選曲だろう。アルバム「A Tiny Winter Story」の楽曲が続き、そのままいくかと思われた中での大人気曲に、会場のテンションはさらに上がっていった。続く4曲目、「光のはじまり」も同様だ。努力しながら前へと進んでいく歌詞が物語にぴったり合っており、さらにはこちらも定番の人気曲とあって、まさしく客席が、揺れ動くツアーライトの光で満たされることとなった。
そして5曲目、最新曲「ヒトリとキミと」。トナカイくんとキミにも当てはまるような歌詞が、良い関係性なのだと伝えてくる。もちろん、TVアニメ『天才王子の赤字国家再生術』の主題歌なので、そちらが思い浮かんだ人も多いだろう。
――と、ここまで幸せな雰囲気で、順調に進むかと思われたトナカイくんの冒険に、少しずつ異変が起き始める。朗読パートでは、大好きなキミから離れたトナカイくんが、少しずつ寂しさを募らせていった。そんな不穏な空気を表現するように、曲調も変わっていく。
6曲目は「全ては不確かな世界」。冒険の最中、ふと孤独を感じるトナカイくんの心情を表現するように、どこか険しく、そして激しく、南條愛乃が歌い上げていく。そこからさらに7曲目、「青星」に移ると、会場のボルテージもさらにアップ。赤から青へとライトの色も変わり、力強いバンドサウンドとともに、強い思いに焦がされることとなった。
「とくべつ」を探して、山の頂上までやってきたトナカイくん。徐々に「本当にたいせつなもの」に気づいていく彼の心情は、やはり曲へと反映されていく。8曲目の「My Heart My Hope」でキミへの思いをさらに馳せると、ここまでの熱いサウンドから一転、9曲目、「物語よ始まれと願う空に」は、ピアノのみの演奏で歌い上げられることとなった。力強くも切なさ漂う歌声が空へと伸びていくように消えていく。それを見つめる客席は、自然とツアーライトの光も消えていた。
10曲目からは、物語も終盤に入っていった。「シュガーポット」、そして「ありったけの愛しさで」で愛しい思い出を心に満たすと、大好きなキミのもとへと駆け出すトナカイくんは、「とくべつ」なものに気づいていた。
そうして12曲目。この朗読劇を手がけた、あさのますみさんが作詞した「余韻」がどこか優しく胸に届けられる。再び、歌に聴き入る会場。最後の一音まで味わいきると、タイトル通りの「余韻」を耳に残し、心へと染みこんだ。会場は温かい拍手に包まれ、その空気がそのまま最後の1曲へとつながった。
「A Tiny Winter Story」。今回のツアーのコンセプトでもある曲の詞が、音に乗って観客へと広がっていった。浮かぶのは、キミのもとへと戻り、幸せそうなトナカイくんと、キミの表情だった。
それは、この曲の進化の瞬間だったに違いない。この曲は元々、南條愛乃ソロ5周年の節目に作られた「白い季節の約束」の対になる楽曲で、ファンからすると、南條愛乃と、自分たちの関係性を感じられる曲のひとつだった。だが、今回そこに、新たな物語が上乗せされた。それによって、さらに優しい楽曲へと昇華されたと言えるだろう。
スクリーンに流れるエンディングロールを見つめながら、いつしか温かい気持ちになっていた我々の心の中には、確かに、静かでほっこりとする雪が降っていた。
さあ、冬をぶち壊せ
エンディングロールが終わり、鳴り止まない拍手がやがてアンコールを求めるそれへと変わると、ほどなくしてスクリーンが再び上がった。「白い季節の約束」が歌われ、まだ雪は降り続くかに思えたが、曲が終わると、ついに冬が終わることになった。
この日、初めてのMC。アンコールにして、ようやくの挨拶。
南條愛乃が口を開くと、途端に会場は冬景色から、暖房の効いたこたつのある家の中へと変わった。そこにはもう、寒さも、白い息も、切なさもない。ただの温かい家族団らんがあった。
「長くなるから座って」
その呼びかけどおり、本当にすごい量のトークを繰り広げる南條愛乃。元々、MCが長くなる傾向がある彼女が、ずっと封じられていたのだから無理もない。ごきんじょはもちろんそんな南條トークが大好きで、半分はMCを聴きに来ているのだから、「いつもの空気が返ってきたな」と和やかに聴いていた。
そうして時間いっぱいしゃべった後、アンコールパートが再開された。10周年を感じられる曲として、この日選ばれたのは「Recording.」。
1stフルアルバム「東京1/3650」に収録されているこの曲は、タイトルどおり、レコーディングに臨む南條愛乃の心情を描いた曲だが、ライブでは、ファンとの交流役を担っていた曲でもある。コール&レスポンスができなくなって久しいが、この曲では、2番の歌詞を一部変え、コール&レスポンスするのが定番となっていた。ゆえに、ライブでの思い出も強く残っている楽曲だ。10周年を感じる曲のチョイスとしては、申し分ないだろう。
そしてこの日、この楽曲は新たな歴史を刻むことになる。
歌唱前、我々ごきんじょに、南條愛乃からとあるオーダーが下されることになった。それは、「声を出さずにコール&レスポンスしてほしい」というもの。方法を説明されるでもなく、突然の注文を受けることになったわけだが、
「無茶ぶりかな? できるよね?」
と言われてしまっては、ごきんじょのプライドと経験で要求に応えてみせるしかない。
果たして結果がどうなったかは――あえて伏せておくので、今回現地参戦できなかったごきんじょの諸君は、「自分ならどうするか」を考えながら、今後どこかに収録されるであろう映像で確かめて欲しい。
そんなこんなで、再びMCを挟んで続く楽曲は、「EVOLUTiON:」と「新世界」だった。南條ソロ曲の中でも屈指のアップテンポ曲である2曲が連続で押し寄せると、会場は一気にヒートアップ。前半の空気など吹き飛ばし、ライブらしい熱さを感じられるパートとなった。
そして最後は、「・R・i・n・g・」が飾る。すっかり終盤のおなじみとなったこの楽曲も、10周年ということを踏まえて聴くと、またその魅力を増大させていた。
輝いていた10年。未曾有のウイルスを経験しながらも、遠い場所で、一緒に過ごし続けた10年。
その輝きは今も消えず、この先も輝きながら、さらなる縁と、絆と、愛を、育てていくことだろう。
【アンコールパートセットリスト】
※フルのセットリストはこちらから
14.白い季節の約束
15.Recording.
16.EVOLUTiON:
17.新世界
18.・R・i・n・g・
まとめ
ここまで書いてきたとおりだが、今回のライブは、10年で初めての試みが非常に多かった。
あさのますみさんが手がけた物語と曲の融合が素晴らしく、メインとアンコールの間にエンディングロールが挟まれるなど、構成にも工夫が凝らされ、まるで映画か、ミュージカルを観たような気分になれるライブだった。
冬がコンセプトだったが、メインパートが終わる頃には、完全に気持ちは冬になっていて、思惑どおりに世界に引き込まれていたと思う。なんじょーさん自身が言っていたが、本当に、合間にMCを挟まなかったのは正解だった笑
ソロ10周年。私は2016年からファンになったので、10年全てをその場で見てきたわけではないが、振り返ると、そこにはいつも何か新しいものがあった気がする。同時に、ずっと変わらないものもあって、わくわくと安心のバランスこそが、南條愛乃ソロなのだと改めて感じた。
大きな節目を迎えたわけだが、今後もこの道は続いていくので、ごきんじょとして、かいちょーのそばで、一緒に歩んでいきたいと思う。
とくべつなもの
トナカイくんは、今日も大好きなキミのとなりで、にこにこ過ごしています。
相変わらず、世界はまっしろですが、やっぱりちっとも寒くはありません。
冒険に出たトナカイくんは、何かを持って帰ってこれたわけではありませんでしたが、確かに、「とくべつなもの」を見つけたのでした。
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