「……というわけで、明日、琉未ちゃんをこども図書館に連れて行こうと思うんだけど、大丈夫だよね?」
夕食時。
僕は隣に座る杏子ちゃんに、勝手に決めてしまった明日の予定について話をしていた。
現状、双子姉妹の保護者みたいなポジションに立つ杏子ちゃんには、一応ちゃんと断りを入れておくべきだと思ったのだ。
ちなみに琉未ちゃん本人には、勢いでなでてしまったあの後にきちんと話をして、了承を得ている。もっと喜んでくれるかなと思ったのだが、わずかに一度頷いただけだったのでちょっと拍子抜けしたけどな。
「図書館ですか……うーん」
ひととおり僕の話を聞いた杏子ちゃんは、おそらく何の問題もなく快諾してくれるだろうと思っていた僕の予想に反して、あまり芳しくない反応を示した。
「あれ、何か問題ある?」
不思議に思った僕は、今日のメイン、ハンバーグを口に運びつつ、――あ、このハンバーグ美味い――尋ねてみる。
すると杏子ちゃんは、こう答えた。
「いえ、あの、琉未はきっと喜ぶと思うので、それ自体には問題はないんですけど……ただ、琉未が行くってなったら、多分凪未も行きたがるだろうなあと思って」
「ああ……なるほど」
凪未ちゃんも行きたがる。
その一言だけで、僕も、この計画がはらんでいる重大な問題について理解した。
「確かに、あの凪未ちゃんに図書館みたいな静かな場所は向かないかもなあ……」
「そう思います……」
絶望感に似た思いに、二人して黙る僕と杏子ちゃん。
視線は自然と、目の前に座る凪未ちゃんに向くが……
「うまい! ハンバーグうまい!」
食事の感想すら大声で言う凪未ちゃんに、やめておいたほうが良いのではないかという思いがより一層強まった。
いや、元気なのはとても良いことなんだけどね。
最初は静かにできたとしても、長くはもたない気しかしなかった。そもそも、凪未ちゃんは本に興味なさそうだしなあ。すぐ飽きてしまいそうだ。
どうしたものかな……。
すでに月野さんを誘ってしまっている手前(そして『お誘い嬉しいです』と言われてしまっている手前)、困ってしまった僕は、視線を凪未ちゃんに合わせたまま、とりあえずハンバーグを食べ進めることにした。
もぐもぐ……何か良い案は……もぐもぐ……
「……」
要は、凪未ちゃんの気を引けそうなものが図書館の近くにでもあれば良いんだよな……もぐもぐ……
「……えっと」
もぐもぐ……まあ後で調べてみるかな……もぐもぐ……
「……あの、はる君」
「――えっ?」
咀嚼とともに思考の世界にどんどん入っていた僕は、しかし呼び声によって意識を戻された。
視線を凪未ちゃんから外し、呼ばれたほうへと向ける。
「あ、何か良い案思いついた? 他の人に迷惑をかけずに凪未ちゃんも楽しませる方法」
呼んだのは杏子ちゃんだったので、てっきり名案が浮かんだのかと思って尋ねるが、
「あ……いや、そうじゃないんですけど……」
どうやら違うらしかった。
僕はわずかに首をかしげて、じゃあ何なのかと訴える。
すると、何か言いにくいことを抱えているような数秒の間のあと、杏子ちゃんは僕から視線を外したまま、ちょっと恥ずかしそうに言った。
「その……ハンバーグ、おいしいかな、って……。どう、ですか?」
――その瞬間、僕はまた、全てを理解した。
あるいは、思い出した、と言ったほうが良いかもしれない。
……そう、このハンバーグ作りには、杏子ちゃんも関わっていたのだ。
明日の予定について話さなければとばかり思っていてすっかり忘れていたぜ。
そして、同時に気付く。
女子の手料理をいただいた際に果たさなければならない男の義務を、僕がまだ果たしておらず、あろうことか、女子のほうから催促させてしまったということに。
ゆえに、
「あ、ご、ごめんね!」
最初に口をついて出たのは謝罪だった。
自らの不覚を反省する謝罪だ。
そして、遅ればせながらもきちんと伝える。
「美味しいよ、すごく。お世辞でも何でもなく、純粋に美味しいと思う」
聞かれてから答えるかたちになってしまったということで、嘘に聞こえるといけないと思い、念押ししてそう言った。
その結果、
「……」
言葉はなかったが、恥ずかしがりながらも嬉しそうにはにかむ杏子ちゃんが見られたので、僕は一安心したのだった。
(#11へ続く)
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