34歳の私

どうも、ふぁいんです。

アラサー最後の1年、34歳を迎えました。

来年からはアラフォーかと思うと何だか老け込んだ気持ちになりそうですが、30代の折り返しを控えた私が今日、何を思うのか――しっかり記録しておこうと思います。

誕生日恒例の自分語り、スタートです。

今年は静かにぬるっとスタート

毎年この記事を書くときは去年何を書いたのか見返すのですが、昨年は盛大にボイスドラマ企画をスタートさせ、告知のために配信なんかして、随分派手に始めたようです。

そういえば完成版をこのブログに載せていないのでは?と気付いたので、1年越しに貼っておきます。

(台本を読みたい方はこちら:https://actsc.site/blonde-gyaru-is-too-powerful/

今改めて聴いても、なかなか良いボイスドラマになったような気がします。すべては、素晴らしい絵と、素晴らしいキャストに巡り会うことができたおかげです。聴いたことがない方はぜひ聴いてみてください。

一方で、今年はとても静かな誕生日です。企画はなく、ごく普通の平日としてぬるっと始まりました。これを書いている深夜現在、ケーキを買う予定すらありませんが、そこは仕事帰りの私次第。

何も特別なことはなく、けれども内心、誕生日だなと思いながら過ごす。その程度の、自分にとってだけの、節目の1日になりそうです。

退屈でしょうか。寂しいでしょうか。

正直、それに何の不満もない、むしろそれが幸せだと感じる私がいます。

作り手であればいい

いつからなのか、何かきっかけがあったのかすら分かりませんが、私の中で人生のフェーズがひとつ、切り替わった感覚があります。

「自分」が主役の舞台を降りた感覚。もう目立たなくていい、叫ばなくてもいい、虚勢を張らなくたっていい。

なんの未練も執着も、嫉妬もなしに、

今の主役は君たちが相応しい

と、20代や10代の若手に舞台を預け、私は等身大の私として、裏方や観客席にまわれる心境。

むしろ裏方や観客席のほうが居心地が良いと思える心境。

「自分こそが主役」だったところから、そういうフェーズへと移ったように思います。

思えば、ボイスドラマ企画を立ち上げていたことからも分かるように、去年まではまだ、自分が舞台上でやれることを探していました。

一昨年なんて、「不足が不足している」と言い、満たされていること、己の中に飢餓感が失われていることにうっすらと焦っていました。

今考えるとそれは、まだ舞台に立ち続けたいという心根の表れだったのでしょう。舞台上にいるけれども、手に持った台本の――20代の頃は伝えたいことで溢れていた台本の、そのページが白紙であることに恐怖していたのでしょう。

言いたいことがないのでは、やりたいことがないのでは、クリエイターとして終わりなのではないか。

そういう風に感じていたように思います。

しかし34歳になった今、私が明確に言えるのは、

「それとこれとは話が別だ」ということです。

言いたいことがなかろうが、作品は作れます。やりたいことがなかろうが、モノはつくれます。

メッセージ性や興味関心なんてものは、ひとつの原動力でしかなく。

それを失っても、自分がクリエイターを辞めない限り、私はクリエイターでいることができます。

作り手である、という矜持を捨てない限り、私はどうにかひねり出してでも、作品を生むことができます。

いつのことなのか、それに気づけたからこそ、私は安心して舞台を降りました。

あんなに自分を見て欲しかったのに、あんなに自分の声を聴いて欲しかったのに。

降りてしまえば、それは真の欲求ではなかったことに気が付きました。

私にとって、スポットライトを浴びることは重要なことではなく。

怖がっていたのはただひとつ。自分が作り手でなくなることでした。

舞台を降りてしまえば、単なる受け手になってしまうのだと思っていました。生み出されるモノを享受するだけの消費者になるのだと思っていました。

それが、それだけがどうしても嫌だった。だからこそ舞台上に固執し、舞台上に留まるために、評価を受けなければと思っていたのです。

けれども、それは間違いでした。評価を受けるのは大事ですが、それは「おもしろい作品」を作るためであり、おもしろい作品を作れるのであれば、必ずしも評価は必要ではありませんでした。

それに気付いてからは、とても楽に過ごせています。

評価されないことに傷つき、悪い評価にかき乱され、良い評価を無尽蔵に求める――そんな無意味な一喜一憂から解放されたのですから。

いつ寿命が来ても後悔がない

つらつらと書いてきてしまいましたが、まとめると

「平穏は素晴らしい」

というのが結論です。退屈ですね笑

誕生日なんて、自分にとって少し特別な日であればそれでいい。

日常なんて、無理に刺激を求めるものではない。

本を読み、美術館に行き、映画を観て、音楽を聴き、詩に触れ、漫画を読む。

そして、その合間にモノをつくる。

それでいいのだと、34歳の私は思っています。

それが、今の私がやりたいことの全てです。

それが、今の私がやれていることの全てです。

正直、今、明日死ぬと言われても、全く後悔はありません。

もちろん死ぬ気はありませんが、やりたいことをやり、平穏に生きている。

幸せだなと思います。特にこれ以上は求めていません。

この先に、また新しい何かが見つかるのか、この道がまだまだ続くのかは分かりませんが。

34歳の作り手として、今日からまた一歩ずつ進んでいこうと思います。

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