接続

 目が覚めてスマホを見ると、すでに昼過ぎだった。

 勿体ないと思う人もいるだろう。でも、どうせ早く起きたって、私がやることなんて知れている。何となくだらだら動画を見て、お腹が空いたらご飯を食べ、眠くなったら寝る。それだけだ。それらの時間を価値に変換したところで、昼まで惰眠をむさぼるのと、そう変わらないだろう。

 だから、私の心は動かない。貴重な休日の半分を睡眠で失ったとしても、これが私の休日。いつもの土曜日。

 さてさて、今日も今日とて、意味も無く動画サイトを覗くとしよう。

 ……。

 ……おや?

『インターネット接続がありません』

 私はベッドから、むくりと体を起こした。よく見ると、スマホの上部に表示されているWi-Fiのアイコンに、バツ印がついている。

 ということは、ルーターの調子が悪いのだ。

 仕方ないなあ。

 だらだら動画を見るにあたり、定額無制限で使える自宅Wi-Fiは必須。後ろ髪を引かれながら、のそのそとベッドを出た私は、部屋の隅に置いてあるルーターの電源を引っこ抜いた。

 この手のルーターには電源ボタンはない。ゆえに、再起動は無慈悲に引っこ抜くしかない。光を失ったルーターをそのままに、一旦私は洗面所に向かった。

 寝癖がひどいが、どうせ外に出るつもりもない。洗濯機の上に丸めて置きっぱなしのヘアバンドを手に取ると、前髪を持ち上げておでこを晒す。

 あーあー、肌が荒れてーら。とはいえ、栄養バランスも睡眠サイクルもめちゃくちゃな自覚はあるので、さもありなん。そのまま顔を洗って、一応、化粧水をビチャビチャつけた。

 ついでに歯も磨いて、朝のミッションをコンプリートする。いや、もう昼なんだけど。

 ――さてさて、もう頃合いだろうか。

 私はWi-Fiルーターのもとに戻る。何分経ったか分からないが、すっかり放電、放熱した頃合いだろう。大抵の不具合はそれで直るはず。さあ蘇れ、Wi-Fiルーター。

 尻尾の先端を繋いであげると、Wi-Fiルーターくんに光が戻った。一応少しだけ見守るが、正常起動していそうだ。今のところ、故障ではなさそう。

 ただ、この手の機器は寝起きが悪いので、また少し待つ必要がある。その間に、私は冷蔵庫を開けた。

 個包装になっているお菓子をひとつ取り出す。クリームをケーキ生地でサンドし、チョコでコーティングするという悪魔の所業を体現したお菓子だ。

 当然美味しいがカロリーの塊、女の敵である。だが私は食べる。だって美味しいもん。美味しいものを我慢する人生に何の楽しみがあるって言うんだ。そうだろ?

 アイムグリード、アンドグラトニー。大罪万歳。

 私は口に残ったお菓子をもぐもぐしながら、放り投げっぱなしのスマホを取りにベッドへ戻る。トラブルはあったが、これでようやく日常に戻れる。

『インターネット接続がありません』

 ……リアリィ?

 Wi-Fiルーターくんがまだ起動しきっていないのかと思い、しばらく待ったが状況は変わらなかった。

 ならば大元を攻めるべし! と、光回線終端装置ことONUオーエヌユー、通称「おぬ」くんを再起動する。が、やはりネット世界への扉は開かれないままだった。

 通信会社の障害だろうか。ならばと、スマホをWi-Fiからモバイルデータ通信に切り替えて、情報収集を試みる。

 しかし無慈悲な文言は継続して表示されていた。

 ……ホワイ?

 さすがの私も顔をしかめる。確かに私は、自宅回線とモバイル回線を同じ会社に統一している。そのほうが料金が安くなるからだ。でも、だからといって、同時に障害が起こることなんてあるだろうか。

 それこそ大規模な災害でもなければ……

 ……え? ないよね?

 私は家の外を見た。三階にある我が家からは、近所の様子が見下ろせる。そこにはいつも通り、閑静な住宅街が広がっていた。少なくとも、地震や火災が起きた様子はない。

 そもそもよく考えれば、電気や水道は問題なく使えているのだ。通信が全くできなくなるレベルの災害が起きているなら、それらもストップしているはず。いや、奇跡的に電気、水道だけ生き残ってる可能性もなくはないけど……。

 確かめようにも、うちにはテレビもなければラジオもない。インターネットへの通信を失った今、私には為す術がなかった。……たったひとつを除いて。

 私は、ベッドで横になり、そっと目を閉じた。やることがないなら寝るしかない。何より、甘いものを食べたせいか、あんなに寝たのに睡魔が襲ってきていた。元々寝起きでボーッとしていたのもあり、少しふらつく。まあ、再び起きる頃には障害も回復しているだろうし、一眠りすればちょうどいいだろう……。

『――えー、眼下に見えますのが、昨日(さくじつ)より毒ガスが発生していると推定される風ノ台かぜのだい地区の映像です。ガスは無臭で遅効性と考えられており、想定よりも広範囲に広がっている可能性もあるとみて、周辺地域の避難誘導が進められています。また、この地区では現在も、ガスの影響と思われる電波障害が発生しており、無線による通信は回復しておりません。そのため、安否確認が難航しており、引き続き、自衛隊による捜索が進められています……』

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本作は、朗読、ラジオドラマにご活用いただけるシナリオとして、「HEARシナリオ部」の活動内で作成いたしました。

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○クレジット

シナリオ作者:柚坂明都(ふぁいん) https://hear.jp/finevoices

シナリオ引用元:それはまるで大空のような https://fineblogs213.com/connection

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