お誘い

「あ、もしもし?」

『もしもし? 直子なおこ?』

「もしもし美貴みき? 聞こえてる?」

『聞こえてる聞こえてる。えーマジ久しぶりじゃん直子! どしたの急に』

「突然ごめん。実はさ、今度仕事でそっちに行くことになりそうなのよ」

『え、仕事? うっそー、こんな田舎に用事なんて、どんな仕事よ? マジウケる』

「あーいや、行くのは市内なんだけどね。さすがに村のほうに用事があるわけじゃないんだけど」

『にしても謎。さすがに村よりは栄えてるけど、東京に比べたらド田舎よ?』

「それはまあ、色々あるのよ。で、本題なんだけどさ」

『いいよ、何とかする。久しぶりだもんね』

「エスパーかよ。まだ何も言ってないけど?」

『え、仕事でそっち行くからご飯でもどうって話でしょ、流れ的に。行く行く。全然行く』

「やばすぎ。マジで能力者じゃん」

『そりゃあ美貴ちゃんだもん。直子のことは何でも分かるって』

「もう八年くらい会ってないんだけどなあ。私が進学のために上京してから会ってないもんね」

『あ~、直子があたしたち裏切ってからそんなに経つかあ』

「裏切ってないって! そりゃあ、確かに全く帰れてないけど、それは勉強と仕事が忙しかったからだし……それに、会えてないけどちょいちょいメッセは飛ばしてたじゃん! ……年イチとかだけど」

『あっはは、冗談だって。でもほんとひさびさー。通話なんてマジで高校ぶりなんじゃない? 画面に出た名前見て、一瞬びっくりしたもんね』

「まあそうだよね。正直私も、通話かけるのちょっと緊張した」

『あっはは! あたし相手に緊張したの? マジウケる!』

「いやだって、八年だよ八年。八年はおっきいって。その間に美貴は結婚とかもしたわけだしさ」

『そりゃまあ、そうだけど。だからってあたしはあたしだよ?』

「うん、それはほんとにそう。あまりにも変わってなくてびっくりしちゃった。逆に、変わってなさすぎじゃない?」

『心はずっとJKだからね』

「いや、さすがにアラサーでJKは痛すぎ。……ふふっ! マジでなんか、良い意味で調子狂うわ」

『そう? あたしはいつものノリで楽しいけど』

「いや私も楽しいけどさ。なんというか……ちょっと置いてかれた感じもあったんだよね、正直」

『置いてかれた?』

「うん。私はほら、いまだ独り身だしさ。彼氏もいないし、てか、そんな暇もないし……」

『あー……まあ、言ってもまだ二十七とかでしょ。今時珍しくもなくない?』

「まあそれはそうなんだけど……あーいや、やめやめ! 話戻すけどさ、ほんとに大丈夫なんだよね?」

『うん。……うん? 何の話だっけ?』

「本題忘れんなよエスパー。ご飯よ、ご飯。まだちゃんと日程決まってないけど、平気?」

『あーそれね。平気平気。夜でしょ? 夜ならどうとでもなるよ』

「本当? でも、まだちっちゃいんじゃなかったっけ、こども」

『こども?』

「うん。確か、幼稚園くらいとか――」

『こどもなんていないけど?』

「……え? でも確か前に……」

『あ、幼稚園と言えばさ、最近ちょっとビビった話があってさ』

「え、あ、うん。ビビった話? なになに?」

『直子、”水溜まりばばあ“って覚えてる?』

「”水溜まり婆”……? あー、確かなんか、小学生くらいの頃に近所にいたおばさんね。雨の日に、傘もささずにうろうろしてた怪しい人でしょ?」

『そうそう。『水溜まりにおいで……水溜まりにおいで……』って呟きながら歩いてるおばさん。あれさ、結構怖かったじゃん』

「まあ……水溜まりに入った子をあの世に引きずり込む妖怪、なんて言われてたしね。そのせいで私、水溜まりに入らなくなったもん。長靴で水溜まりにじゃぶじゃぶ入るの、好きだったんだけど」

『わかるあたしも。水の中に入っても濡れない、あの無敵感が良かったのにね』

「ね。まあ……だからこその噂でしょ。子供を水溜まりで遊ばせないようにしよう、的な。実際、私たちが中学に上がる頃には見なくなってたじゃん、あのおばさん。保護者の誰かがわざわざ脅かすために、小学生の帰宅時間に合わせてやってたって話だったけど……」

『いや、あたしもそう思ってたし、実際噂も聞かなくなってたんだけどさ、……実はあたし、この間見ちゃったのよ。水溜まり婆』

「え、マジ……? 呟いてたの? 『水溜まりにおいで……』って」

『呟いてた呟いてた。いやその瞬間さ、一気にちっちゃいときの記憶が戻ってきて、マジでビビったわ。もうほんと、記憶の中の水溜まり婆とまるっきり一緒でさ……』

「マジかー……。誰かが引き継いだとかなのかなあ」

『かもねぇ。おかげでシホちゃんもすっかりビビっちゃってさ。効果はありそうだったけど』

「シホちゃん?」

『あ、そうそう。幼稚園のお友達にさ、シホちゃんって子がいてね。その時一緒だったのよ。シホちゃんママたちと。ちょうどお迎えの帰りだったから』

「お迎え……? え、待って。ん? どゆこと……?」

『何が?』

「いや……だって美貴、さっき言ったじゃん。『こどもなんていないけど』って」

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本作は、朗読、ラジオドラマにご活用いただけるシナリオとして、「HEARシナリオ部」の活動内で作成いたしました。

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○クレジット
シナリオ作者:柚坂明都(ふぁいん) https://hear.jp/finevoices
シナリオ引用元:それはまるで大空のような https://fineblogs213.com/invitation

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