村の住人

「ここもだめ、か……」

 降りしきる雨の中、傘を差す作業着の男は困ったように後頭部を掻いた。視線の先では、崩落したトンネルが道を塞いでいる。かすれたトンネル銘板の文字が、過ぎ去った年月を表しているようだった。

「ヤマさん、見てくださいこれ。バツばっかですよ。もしかして本当に、この先に行く方法ないんじゃないっすか?」

 隣の若い男が、紙の地図を広げて見せてくる。なるほど確かに、まるで何かの意思に阻まれているかのように、綺麗にバツ印が並んでいる。今いる道も、その隣の道も、その隣の隣も、ずーっとバツだった。

「まあ、俺たちの目的は現状の調査だから、全部塞がってるってんなら、それはそれで報告するだけだが……とりあえず車に戻ろう」

「うっす」

 男達は身を翻して、自分たちの車へと戻っていく。こちらも時代を感じさせる白いハイエース。とはいえその白は、薄汚れたり錆びたりして、本来の色を失っている。一見すると、間もなく二十二世紀を迎えようというこの時代にはそぐわない旧時代の車に思えるが、それでも採用されているのは、単に、作業車としてこの車が優れているからだ。

 めちゃくちゃに物を載せても余裕がある広い車内スペース、無骨ゆえ、多少の傷すら味に変えてしまうそのデザイン、広く出回るカスタムパーツ、そして何より、極めて丈夫。こんな山奥での調査にはぴったりと言えた。

 実際、この車も、その利点を活かして様々な工夫が凝らされている。車の動力として何よりも大事なバッテリーは予備がいくつも積んであるし、工具類など、あらゆる事態を想定した道具も完備していた。車の後部にはアンテナが取り付けられているので、すっかり電波の供給がなくなった山奥でも通信が可能だし、屋根にはソーラーパネルが設置され、日中はそれによってエネルギーも確保できる。今日は雨のため、その恩恵は薄いが、外からのエネルギー供給が難しい以上、自家発電の安心感は、それだけで心に余裕をもたらした。

 また、一目見て、作業車だと感じることができるのも利点かもしれなかった。この車から、作業着を着た男達が降りてくれば、多くの人が、工事か何かで来ている業者だと思ってくれる。無闇に不審がられなくて済むのはありがたかった。――まあ、こんな山奥では、そんな配慮をすべき相手は存在しないのだが。

 そんな優れた相棒に乗り込むと、男二人は、本日何度目かの作戦会議を始める。

「加藤、もう一度地図を見せてくれ」

「うっす」

 広げられた地図には、先ほどと変わらぬバツ印が並んでいる。今いるこの場所のバツ印は<トンネルの崩落>で、こっちは<見るからに崩壊寸前の橋>、こっちは<道路の断裂>だったか。いずれにしても、走行を断念した場所だ。ヤマさんと呼ばれている男は、そんなバツ印を横目に、地図をなぞるように指を動かして、新たなルートを模索する。

 男達の目的は、この先にかつて存在していたという、とある村だ。とはいえ、村そのものに何かがあるわけではない。

 すでに行政が把握できていない、消滅してしまった都市の現状を探るのが彼らの仕事だった。今回の村は、数ある目的地のひとつである。

「あと行けるとすればこの道くらいか。だいぶ距離はあるが、一旦この通りまで戻って、隣の道に入る。どうだ?」

「それしかないっすね。また一時間はドライブかー。なんでこう不便なんですかね、どこもかしこも。回り道ひとつで一時間って」

「こういう言い方はあれだが、不便だから誰もいなくなったんだろ。……ずっと運転させて悪いな。代わるか?」

「大丈夫っす。俺には運転くらいしかできることないんで」

「いやいや、今時運転できる奴は貴重だ。ありがたいよ。……そんじゃ、ま、行くか」

「うっす」

 加藤は車のスイッチを入れると、ゆっくりとアクセルを踏んだ。窓の外、雨に濡れた木々が後ろへと流れていく。助手席でその光景を眺める男は、気ままに伸びる植物を見つめながら、生命力と、わずかな恐怖を感じて、ぽつりと呟いた。

「木々たちによる、領土奪還、か」

「え、なんすか? なんか言いました?」

「――いや、独り言だ」

 男は苦笑しながら首を振った。領土という考え方が、そもそも人間じみていたことに気づいたからだった。

 それからしばらく、車は、来た道をたどった。おかげで徐々に大きな道へと戻ってきていたが、左折を二回ほど繰り返した後、再びその道幅は細くなっていく。

 やがて、車の幅ギリギリの細い道になった頃、諦めたように車は走りをやめた。

「ここもっすかね……」

「そのようだな。まあ、一応降りてみよう。地図によると、村まであとほんの少しだ。もしかしたら歩いて行けるかもしれない」

「うっす」

「一応、ヘルメットはしておけ」

 すぐ近くに迫る山肌とガードレールに気をつけながら、男達は薄くドアを開け、体を隙間から外に出した。傘を開くスペースはなく、幸いにも小雨になっていたので、そのまま歩き始める。

 近くまで行くと、行く手を阻むそれ・・は、予想以上に大きかった。

「でっかい穴っすね。これは絶対に車じゃ無理だ」

「どこもかしこも老朽化してるってことだな。だが、さっきのトンネルや橋に比べれば、補修はできそうだ」

「どうします? 一旦報告して、補修されてからこの先に行きますか?」

「いや、はっきり言って、すぐには工事も始まらないだろう。どうせ誰も使ってないんだ。予算はなかなか下りないはずだ」

「やっぱそうっすか。貧乏はつらいっすね。じゃあなんで俺たちが調査してるんだって気もしますが……」

「万一事故が起きたときの責任から逃れるために、注意書きの看板くらいは立てるんだろうよ」

 やってらんないっすね、と加藤は肩をすくめた。それを横目に、男は、確かめるように道を踏みしめる。確かに大穴はあいているが、そのフチを歩いていくことはできそうだった。加藤の目が嫌な予感に見開かれた。

「え、ヤマさん。まさか行くんすか」

「歩いて行けるかもしれないって言ったろ」

「いや、でも危なくないっすか?」

「本当に危険そうならすぐ引き返す。でも、そうじゃなきゃ、正直俺は調査を終えたい」

「まあ、もう一回ここ来るのだるいですし、他にもまだまだ行かなきゃいけないところがたくさんあるっすからね……分かりました」

「すまん」

「謝るなら最初から行くなんて言わないでください。じゃ、とっとと終わらせましょ」

 男達は慎重に穴のフチを通ると、その先へと歩を進めた。道中でいくつも小さな穴が存在していたが、幸いにも、歩みを妨げるほどの障害はなかった。

 そうして十五分ほど歩くと、古ぼけた標識が彼らを出迎えた。これもまた年月で表面がかすれ、かろうじて「ようこそ」の文字だけ認めることができる。

 一応、目的の村へと入れたようだ。

「加藤、撮影頼む」

「うっす」

 言われた加藤は、ポケットから眼鏡型のデバイスを取り出し、かけると、スイッチを入れた。これで視界に映った物は全て記録できるし、両手も空く。重宝する調査道具のひとつだ。

 記録のためか、興味からか、加藤はきょろきょろとあたりを見回した。

「なんか、予想以上になんもないっすね」

「まあそうだろうな。ここは、消滅都市の中でも最初期に消えた村だったはずだ。元々消えそうだったところが、この国の悪化によって早々に限界を迎えたってところだろうから、元々何もなかったんだろう。――とりあえず進むぞ」

「うっす」

 二人は、撮影と、記録用のメモをしながら、村の中を歩いて行く。崩れた建物、土砂崩れで埋まった道など、危険なポイントには印をつけていった。

 ――そうして、いつの間にか雨がやみ、夕暮れの、紫がかったオレンジが雲の向こうに見えだした頃。

 徒歩ではつらさを覚える急な坂をのぼりながら、ふと、後ろを歩く加藤が疑問をこぼした。

「たまーに家がありますけど……いや、家っていうか、崩れてるから家かも分からないですけど、かろうじて住んでた人たちはどうやって暮らしてたんでしょうね。仕事しに出るのも大変ですよ、こんな辺鄙へんぴなとこじゃ」

 男はそれに、記憶をたどりながら答える。

「んー、そうだな……確か、この村には特産物があったはずだ」

「特産物?」

「なんだったかな。確かなんかの花を……」

 答えかけて、男の言葉と歩みが止まった。

「ヤマさん?」

 間もなく追いついた加藤は、いぶかしげに声をかける。が、目の前に広がる風景を見て、その理由を知った。

 加藤も、男も、言葉が、何一つ出なくなる。

 やがて、ようやく男が絞り出せたのは、先ほど一笑に付した考えによく似た、見たままを表す感想だった。

紫陽花あじさいの村、か……」

 目の前には、かつて人の手によって育てられていただろう白いあじさいが、視界いっぱいに広がっていた。山を切り拓いて植えられたのだろうその住人たちは、彼らのための広場で、周りの木々たちを押しのけるようにして群生している。その全てが、紫色の陽の光に、水滴を輝かせていた。――まるで、その名を表すかのように。

「俺……この仕事やってて良かったっす」

「……そうだな」

 男達はしばらく、その場に立ち尽くしていた。

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本作は、音声投稿サイト「HEAR」での朗読、ラジオドラマにご活用いただけるシナリオとして、「HEARシナリオ部」の活動内で作成いたしました。

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○クレジット

シナリオ作者:柚坂明都(ふぁいん) https://hear.jp/finevoices

シナリオ引用元:それはまるで大空のような https://fineblogs213.com/village-resident

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