キセキ不動産

 ごつごつとした地面の感触が、座面から振動を通して伝わってくる。大きめの石を踏み越えたのか、がったん、と大きく車体が揺れた。

 窓の外には、手を伸ばせば届く距離まで、枯れ枝が伸びている。実際、いくつかは車にぶつかっているようで、前進するのにあわせて、ひっかくような音がしていた。

 そんな、ギリギリ通れるか通れないかくらいの道を、軽トラックがゆっくりと進んでいる。ボディは小さいが四駆なので、舗装されていない山道でも走行に問題はなかった。――揺れがそこそこひどいということ以外は。

「大丈夫ですか、お客様。気分が悪くなったりしたら言ってくださいね」

 不動産鑑定士のノダマコトは、気遣うように助手席へと声をかける。すると、左側に座る案内人兼今回の顧客は、力強く、しかしながら申し訳なさそうに言った。

「いやあ、俺ぁ、毎日のようにこの道を走ってたからよ、問題ねぇ。兄ちゃんこそ大丈夫か? 走りづらいだろ、こんな獣道」

 しわがれた、しかしよく通る声だ。必要以上にボリュームが大きいのは、これくらいの年代の方に多く見られる特徴だが……それだけではない、活力みたいなものがあるな、とノダは感心した。

「私は大丈夫ですよ。仕事柄、こういうところによく来ますから。おかげで運転もだいぶ上手くなりました」

「そうだったか、そりゃあプロに対して失礼なことを言っちまったなあ! はっはっは!」

 笑い声も豪快なお客さんだ、とノダは思う。運転に集中しているので表情こそ見ることはできないが、大口を開けて笑っているのが目に浮かんだ。これだけ元気なのは、きっと長年、自分でバリバリ動いて、誰の力も借りずに過ごしてきたからなのだろう。こんな不便な山奥に、ひとりで暮らし続けていたのだ。体力がないと続かないはずである。

「おう、兄ちゃん。そこの道を右だ。もうちょいで俺ん家に着くぜ」

「分かりました」

 ウィンカーを出して、細い道から細い道へと曲がっていく。もうしばらく、対向車が来たときの心配をし続けなければならなそうだ。もっとも、山に入ってからというもの、対向車どころか後続車の姿すら見ていないが。

「あ。あれですね?」

「おう」

 間もなく、右手側に古くて大きな家が見えた。煤竹色すすたけいろの木造平屋、外観に歴史を感じる建物だ。家の脇には薪棚まきだなが設置され、ある程度の大きさに割られた薪が積まれている。屋根を見ると、少し出っ張った煙出しも見えるので、囲炉裏の燃料や、冬場の暖房としても使っていたのだろうことが見て取れた。

「汚ぇ家だろう? 本当に、こんな家に価値なんかあるんか?」

 どこか照れくさそうに親父が言う。言葉とは裏腹に、この家に対する愛着が含まれている気がした。ノダは、安心させるように、それでいて、世辞でも何でもなく、本心から答えた。

「いや、とても素敵なご住居だと思いますよ。このおもむきは、そんじょそこらの家では出せませんから」

「そうか。……ま、中入るべ」

 親父はぶっきらぼうに言うと、くるりと身を翻して玄関へと進んだ。

「鍵は開いてるはずだ。こんなとこじゃ、盗みに来る奴なんかいねぇし、るもんもねぇからな」

「確かに、周りにも家はなさそうでしたね」

「昔はここら辺一帯にもそれなりに家はあったんだけどな。みんな都会に引っ越したり、住んでた奴が死んじまったりして、残ったのは俺くらいだったってわけよ」

「利便性を考えれば納得ではありますが、どうにも寂しい話です」

「まあこれも時代ってやつだろう。仕方ねぇ」

「そうですねぇ……とりあえず、失礼しますね」

 ノダは玄関に手をかけ、横開きのドアをガラガラと開けた。立て付けが悪くなっているのか少々引っかかりも感じるが、これくらいは普通だろう。玄関は、広い土間があり、高い段差、それを補助するための式台があって、このあたりも昔ながらの造りという感じだ。上がりかまちには、永い間、来客を迎え入れて来たことを示す傷と、独特の艶があった。ここも他の部分と同様に煤けているが、その黒い輝きが美しい。

 靴を脱ぎ、よっこらしょ、と玄関を上がる。ダイニングにあたる部分は板張りの床だが、左手側、障子を隔てた部屋は八畳ほどの和室になっていた。中央には、やはり囲炉裏があり、灰が積もっている。すっかり黄色くなった畳はところどころささくれ立ち、何かをこぼしたようなシミがあった。

 男のひとり暮らしらしく、と言うべきか、床には衣類などが放置されている。買い置きなのか、食料や、缶ビールのケース、そのほかにも様々な物品が乱雑に置かれ、整理されているとは言えない状態であった。しかしながら、唯一小綺麗にされているところがある。

「あれは、奥様、ですか?」

「おう、母ちゃんの仏壇だ」

 仏壇には、位牌、香炉、火立、花立などが並び、写真が飾ってある。優しそうな笑顔を浮かべたご婦人だ。だが、親父と比べると若く見えた。せいぜい四十代というところか。

「お綺麗な方ですね」

「そうだろう。見た目だけじゃなく、いや、それ以上に気立ての良い女だったよ。俺たちにゃ子供ができなかったから、母ちゃんだけが俺の唯一の自慢だった。だが、体を悪くして、な。……あれから四十年、ずいぶん母ちゃんを待たせちまったなあ」

「奥様のためにも、今回の査定はできるだけ頑張らせていただきますね。――ちょっと、ご挨拶だけしておきましょうか」

 ノダは親父に一礼して、仏壇の前で正座になった。火立のろうそくに手をかざして炎を灯すと、線香を手に取る。手であおいで火を消し、香炉に立てた後、そっとその両手を合わせた。

「……行きましょうか」

 それからノダは、再び家の中を見て回った。残りの部屋も全て和室で、黄色くなった畳がノダを出迎えた。だが、総じて頑丈な造りのおかげか、確かに劣化は見られるものの、思ったよりもひどくない印象を受ける。時の流れを一番感じたのは風呂場で、やはり水回りの劣化は早いようだった。

「こちら、築年数は百年を超えているんですよね?」

「そうだな。俺のじじいが大工で、自分で建てたって話だから、百年なんかとっくに超えてるはずだ」

「さすが、昔の建物はすごいですね……ああ、そしてあれが、裏口ですか」

 最後の和室を出ると、外へと繋がる扉を見つけた。ノダは、いよいよか、と思いながら親父に問う。親父は神妙に頷いた。

「そうだ。俺の記憶が正しければ、俺はあそこを出た瞬間……」

 親父はぐっと心臓のあたりを握った。

「――胸が苦しくなって死んだんだ」

 ノダは、ふう、と小さく息を吐くと、半分開いたままになっている扉をぐっと開いた。

 そこには、白骨化した親父の亡骸が転がっていた。右腕が折れ曲がり、ちょうど先ほどやっていたような、胸を押さえた姿になっている。最期の苦しみが目に浮かぶようだった。

「冬の寒暖差によるヒートショック、ですかね。……それから一年。長らくお待たせして申し訳ございませんでした。黄泉よみの国と地上との行き来がもう少し気軽にできたら、もっと早くお会いできていたんですが……しばらく黄泉側の業務が忙しかったのもありまして、なかなか来られず……」

「構わねぇ。どうせ家族もいない身だ。すっかり諦めてたもんで、こうして兄ちゃんが見つけてくれただけでも奇跡みたいなもんよ。――ま、とはいえ、鬼が挨拶に来たときは、俺ぁ、地獄行きなのかと肝が冷えたがね」

「地獄じゃなくても鬼はいます。というか、死んだ人はみんな鬼です。ほら、鬼籍に入るって言うでしょう?」

 確かに、と親父は膝を打った。それから、気づいたように言う。

「じゃあ俺も鬼になるのか?」

「そうなります。これからは、あなたも私も、同じ国に住む鬼仲間、ですよ。仲間ついでに、もしご興味があれば、弊社の業務をお手伝いをしていただけるとありがたいのですがね。実は、絶賛社員募集中でして。……なんて、冗談です。死んでからも働くなんてご免ですよね」

「そもそも死んだ後に会社なんてもんがあることに驚いたからなあ。鬼が普通に現世で働いてるってことにも仰天したもんだが」

「ま、干渉するには、地上に来ないといけないですからね。仮ですがに肉体を持つことになるので、転移などができなくなるのは不便ですが、仕方ありません。――ええと、事前のお約束通り、このご遺体はご住居と一緒に焼却、でいいんですよね?」

「ああ、頼む。俺にとってはこの家が全てだからな。この家と一緒にあの世にいけるなら本望だ。それがあの世で役に立つってんならなおさらな」

「よき思い出に溢れておりましたので、一財産になると思っていただいて結構です。それでは、査定も済みましたので、契約に移らせていただきますね」

 ノダは家へと向き直ると、親父の遺体をそっと浮かせて、裏口から家の中へと移動させた。それから今度は左手をかざし、小さく唱える。

ほのおよ」

 その一言で、建物は紅い光に包まれた。不思議と熱はなく、また、時折、緑や黄色といった煌めきも混ざりながら、ごうごうと勢いよく燃えていく。その煙はすうっと昇っていくと、天へと吸い込まれるように消えていった。するとほどなくして、親父の体も透け始める。

「おお? こりゃあなんとも、あの世に向かう感じがするなあ」

「鬼火で黄泉の国への道を作りましたから。どうかあちらでも、奥様と一緒に、お元気で」

「へっ、あの世に行くのに『お元気で』と言われるたぁ思わなかったな。でも兄ちゃん、本当にありがとよ」

「いえいえ、お役に立てたなら幸いでした」

「人の思い出を価値に変える “キセキ不動産” か。……なあ兄ちゃん、冗談だ、なんて言ってたけどよ、俺にもこうやって、誰かの助けができるかな?」

「お、ご興味がおありですか? それでしたら――」

 ノダはスーツの胸ポケットをあさると、革製のケースから「ノ田 允」と書かれた名刺を一枚取り出し、親父に手渡した。

「いつでもこちらの宛先までご連絡を」

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本作は、音声投稿サイト「HEAR」での朗読、ラジオドラマにご活用いただけるシナリオとして、「HEARシナリオ部」の活動内で作成いたしました。

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○クレジット

シナリオ作者:柚坂明都(ふぁいん) https://hear.jp/finevoices

シナリオ引用元:それはまるで大空のような https://fineblogs213.com/kiseki-real-estate/

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