便利なキッチン

 郵便受けに入っていたチラシの中に、興味深いものを見つけた。

「あなたも未来を体験してみませんか……スマートハウス?」

 それは、ある不動産メーカーによるモデルハウスの案内だった。こういう不動産系のチラシは飽きるほど見てきたが、スマートハウスという文言を目にするのは珍しい気がする。

 もちろん、単語自体は聞いたことがあるし、なんとなく想像もできるのだが、いかんせん、「スマートハウス」と呼べるだけのハイテク家屋にマジで住んでいる奴に出会ったことがない。

 そもそも、こんな不景気だ。身の回りで一軒家を持っている奴のほうが少ないし、俺のような安月給の独身サラリーマンには縁のないものだろう。

 ただ、興味はあった。機械は好きだし、新しい商品や技術は単純にわくわくする。チラシには、”世界的ロボティクスメーカーとコラボ!”とあり、どうやら、単なるIoT技術の寄せ集めというだけでなく、ロボット的な要素も含まれているようだ。一面に大きく、何やらロボットの腕が生えた奇妙なキッチンの写真が載っていた。この腕が全自動でプロの技を再現してくれるらしい。そしてどうやら、今なら期間限定で、その料理を無料で振る舞ってくれるらしかった。

 俺は、”来場者全員に五百円クーポンをプレゼント!”の文言にも惹かれて、噂のスマートハウスへと行ってみることにした。

 俺と同じく物につられた人間が多いのか、はたまた暇なだけか、モデルハウスは大盛況だった。俺は当然、一軒家なんか買う気もなければ買う金もないので、大人数に紛れ込めるのは大変ありがたい。一般客Eくらいのモブオブモブな空気感を出しながら、集団の後ろをそっとついて行く。

 スマートハウスは、予想通り、様々な技術があらゆるところに盛り込まれていた。

 玄関は、スマホかICチップの入ったカード型の鍵をかざせば開くし、家の中に入っただけで、自動で照明も点灯する。自分が移動すれば当然消灯もしてくれるし、日中であれば、そももそも光量を検知して点灯しないなど、細やかな配慮が全自動で行われていた。

 エアコンなどの家電は、スマホからの遠隔操作で帰宅前にあらかじめスイッチを入れておくことができるし、風呂だって同様に、リモートでわかすことができる。もちろん、お湯を張る前には水流で、浴槽内と床まで掃除してくれるおまけつきだ。

 そもそも家に入ってしまえば、スマホを操作する必要すらなくなる。備え付けのAIスピーカーに話しかければ、テレビのスイッチからカーテンの開け閉め、どころか窓の開け閉めまで自動でやってくれる。状況によっては、声で指示する必要すらなかった。例えば、サブスクリプションサービスで映画を観る際は、勝手にカーテンが閉まって照明が暗くなるといった風に、家が気を利かせてくれるのだ。

 テレビも当然スマートテレビなので、地上波放送を見るだけでなく、パソコンのように、音声操作で調べ物ができるし、買いたい物があれば注文もできる。――気分は、召使いを複数抱えた大富豪だ。リビングのソファに座っているだけで、全てが全自動で行われていく生活がそこにあった。

 気づけば俺は、すっかりスマートハウスの便利さに魅了されてしまっていた。もちろん、どんなに欲しくたって買える値段ではない。だが、この家を手に入れるために頑張ろうかと思えるくらいには、心躍っていた。

 スマートハウスは夢だ。現実に存在する夢なのだ。

 そんな興奮を内心に隠し、俺はいよいよ今回の目玉、スマートキッチンへとやってきた。

 そこには、写真で見たままの、腕の生えた奇妙なキッチンが存在していた。チラシで見た限りでは、ロボットの腕以外は普通のキッチンなのかと思っていたが、そうではないらしい。セールスマンによれば、カメラやセンサーが至る所に設置され、使う食器ひとつひとつにも識別タグが内蔵されているらしかった。つまり、このキッチン全てがひとつのシステムなのだ。カメラで視覚情報を、各種センサーで温度や調理器具の場所などを随時確認しながら、ロボットアームがプロの料理人さながらの腕前を披露してくれるということらしい。

 しかも、作れる料理は五千種以上にのぼる。五千種類も料理名が浮かぶかと言われれば怪しいものだから、それだけ作れるならレシピに飽きることはないだろう。

 これもまた音声による指示を合図に、ロボットアームが調理を始めた。人間の動きを完全に再現して、肉や野菜を切り、卵を割り、鍋を振るっていく。その見事な動きに客は歓声をあげ、セールスマンはここぞとばかりにスマートキッチンのアピールを始めた。

 俺はその説明を聞きながら、――ふと、虚しくなって、そっとその場を後にした。

 料理は、なんだかどうでもよくなっていた。入場時にもらったクーポン券をポケットの中で握りしめながら、アナログな賃貸へと帰って行く。

 あのロボットは三千万円するらしい。到底庶民に買える値段ではないし、今の俺には、その価値も感じられなくなっていた。三千万円あるなら、俺は近所の弁当屋に毎日通いたい。

 昔からやっているあの店の、おばちゃんが作る弁当を食べたい。

 わざわざ温め直してから渡してくれるあの弁当の、あの温もりに触れたかった。

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本作は、音声投稿サイト「HEAR」での朗読、ラジオドラマにご活用いただけるシナリオとして、「HEARシナリオ部」の活動内で作成いたしました。

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○クレジット

シナリオ作者:柚坂明都(ふぁいん) https://hear.jp/finevoices

シナリオ引用元:それはまるで大空のような https://fineblogs213.com/convenient-kitchen/

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