「うーん……」
親友の様子がおかしい。
私はケータイに届いたメールの一覧を見つめながら唸っていた。
「一、二、三……」
カチ、カチと下ボタンを押しながら数を数えていく。五、六、七……八回か。夏休み期間中、遊びに誘っては断られた回数が、いつの間にかそんなにも積み上がっていた。
しかも返信の速度が遅い。いや、決して即レスを欲しがるめんどくさい彼女みたいなことを言うつもりはないけれど、彼女はこれまで、仲良しの間でもダントツと言っていいくらい返信が早かったのだ。そんな親友が、夏休みに入る直前くらいから、なかなか返事をくれなくなった。
おかしい。明らかにおかしい。
「これは……まさか男……?」
私はカレンダーを見つめた。今日は八月最終日。明日には始業式を控えている。学校が始まりさえすれば、絶対に顔を合わせるタイミングがあるはずだ。
「どういうことか確認させてもらうわよ、ひなた……!」
いつもなら憂鬱な気分で沈んでいるはずのその日、私はメラメラと燃えていた。
「ってわけでひより! あんたも気合い入れなさい!」
「……新学期も元気いっぱいだねぇ、はるちゃん」
九月一日の朝。待ち合わせ場所で見慣れた顔と合流した私は、開口一番気合いを伝えた。
親友三人組のひとりであるひよりは、そんな私をいつもの“ほわっとスマイル”で受け入れてくれる。新学期も変わらず、懐の深い友達だ。ついつい甘えてしまう。
「それで、今度はどうしたの? はるちゃん」
柔和な笑顔を浮かべながら、ひよりは小首をかしげた。その言葉を待っていた私は、勢いよくまくし立てた。
「どうしたもこうしたも、ひなたよひなた! ひよりも気付いてるでしょう? ひなたの様子がおかしいって」
学校への道を歩き始めながら、隣のひよりに訴えかける。九月になったとはいえ依然として暑さは続いており、感情と連動して上がる体温を示すように、汗が頬を伝った。
「うーん、そんなおかしいことあったかなあ」
空を見上げ、人差指をあごに当てて思案顔を浮かべるひより。後ろで結ったポニーテールが風に揺れた。
「あ、夏休み中あんまり遊べなかったこと?」
「あんまりじゃないわ。一回も、よ」
私は即座に否定した。ひよりの笑顔が若干困ったようなものに変わった。
「うーん、分かんないけど、そういう時もあるっていうか、ひなちゃんも色々忙しかっただけじゃないかな。気にするほどのことじゃないと思うけど。ほら、私だっておばあちゃん家とか行ってたし」
「それはお盆だけでしょ。それ以外の日はちょこちょこ遊んでくれたじゃない。夏休みは四十日もあったのに、一回も遊べないなんて異常よ。ひなたが何回連続で断ってきたか知ってる? 八回よ八回」
「え、わざわざ数えたの?」
「数えたわよ、昨日ね。数で示されると言い逃れしにくいでしょ? 証拠もちゃーんと残ってるわけだし」
そう言って私は、こっそり持参しているケータイの画面を見せつけた。
「あー……はるちゃん、ひなちゃんのこと好きすぎだねぇ」
「いいことでしょ。もちろんひよりのことも好きよ。私たち『サンサン・シャイニーズ』の絆は永遠なんだから」
呆れたように言う親友に、私はまっすぐそう返すのだった。
私たちの通う学校は、ごく普通の公立中学校だ。地域ごとに学区が定められ、生徒が集められている。距離が近づくにつれ、同じ制服を身にまとった学生が色々な道から合流し、ぞろぞろと列を成していた。そして時折その横を、白いヘルメットを被った生徒たちが抜き去っていく。彼らは自転車通学の生徒だった。
徒歩か自転車かは、家から学校までの距離によって決められていた。私やひよりのように、二キロ圏内なら徒歩。それ以上なら自転車だ。ひなたは自転車通学で、私たちはいつも、学校の駐輪場で合流してから教室に行くのが常だった。中学初年度の今年、ひなただけクラスが違ってしまったので、そこで毎日顔を合わせるのが日課なのだ。
「ひなた、先に来てるかしらね」
「どうだろ。始業式だから早めに来てるかもねぇ。さすがに初日から寝坊はしないと思うし」
「甘いわねひより。ひなたは想像を超えてくるわ」
「まあ、ひなちゃんだからねぇ」
「「ふふっ」」
私たちは、わたわたしながら慌てて身支度するひなたの姿を思い浮かべ、思わず笑ってしまった。
私たちの親友であり幼馴染みのひなたは、明るくマイペースで、抜けたところもあればいきなり驚くようなことをやってのけたりもするおもしろい子だった。
小学校入学時から一緒にいるが、残っている伝説は語りきれない。
寝坊した翌日にクラスの誰よりも早く登校してみんなにサプライズを仕掛けてみたり、黒板をどこまでピカピカにできるか試したいと言い出して休み時間を全てそれに使ったり、……ある年の冬には、降り出した雪に興奮して授業中に校庭へと飛び出していったりなんてこともあったっけ。
良く言えば行動力があり、どこまでもまっすぐ。
悪く言えば、行き当たりばったりな不思議ちゃん。
私やひよりは、そんなひなたから良くも悪くも目が離せなくて、気付けば親友になっていた。
「あっ、はるちゃーん! ひよりちゃーん!」
校門から敷地内に入ると、途端に右手側からよく通る澄んだ声が聞こえてきた。
「……どうやら、無事に起きれたみたいね」
「ひなちゃんも元気だねぇ」
久しぶりに聞く声に再び笑みをこぼしてしまった私たちは、その声のほうへと体を向けた。ぶんぶんとこちらに向かって大きく手を振る姿が見える。機嫌が良いときの犬の尻尾みたいだ。
「はるちゃーん! ひよりちゃーん!!」
「聞こえてるわよ! 声おっきいんだから何度も呼ばなくて大丈夫よ、目立つでしょうが! ……いくわよひより」
「うん」
私たちは忠犬ハチ公ならぬ忠犬ひなたのもとに向かうため、小走りになる。近づくと、彼女が特大の笑顔を浮かべているのがよく見えた。
「ん……? 何あれ?」
と同時に、彼女が見慣れない黒い物体を背負っていることに気付く。彼女もまたこちらに駆け寄ってくるのに合わせて、ソレは重そうに揺れていた。
「おはよー! はるちゃん、ひよりちゃん!」
にこにこ顔のひなたと合流し、私たち親友三人組は久しぶりに揃った。
「おはようひなた」
「おはようひなちゃん」
私はとりあえず、いつものように忠犬ひなたの頭をなでまわす。えへへぇ……、とだらしない顔を浮かべる親友の変わらぬ姿に少しホッとしつつ、私は彼女の背中を指さした。
「……で、それは何?」
「ギターケース?」
いつの間にかひなたの後ろに回ったひよりが、その目立つ物体を見つめて口にする。そう、まさしくそれはギターケースに見えた。ハードタイプのごついやつだ。
「あ、やっぱり気になる?」
言われたひなたは少し恥ずかしそうにしながら私たちを見る。私とひよりは同時に頷いた。
「そりゃ気になるでしょ。そんなでっかいもの持ってれば」
「ひなちゃん、それ、ギターが入ってるの?」
「うん、そうだよ。ギターケースだもん」
「そうなのね。ひなたのことだからてっきり、鞄と間違えてうっかり持ってきたんだと思ったわ」
「さすがにそんな間違いはしないよ! ……多分」
抗議の声を上げつつも、ひなたの目が泳いだ。自分でも断言できないところがひなたらしい。
「実はね、私、ギター始めたの」
それからひなたは、事の経緯を説明し始めた。擬音やら何やらをまじえて色々と語ってくれたが、一言で要約するとこうだ。
『夏休み前にテレビで見たミュージシャンがかっこよくて私もやりたくなったの!』
「ほんとに想像を超えてきたわね……」
私は思わず頭を抱えた。ひよりはクスクスと笑っている。
「そんな思いつき、よく親が許してくれたわね……結構高いでしょ、ギターなんて」
「このケースもしっかりしてて良いやつっぽいしねぇ」
私たちが言うと、ひなたが頬を掻きながら答えた。
「実は……自分で買ったの。と言ってもいきなりそんなお金はないから、これからお小遣いとかお年玉使って払うんだけど。……あっ、ケースはパパが買ってくれたんだけどね。せっかく買ったのにすぐ壊すといけないからって、頑丈なやつ……はは」
そこで私はピンときた。
「……あんたまさか」
じろりと睨むと、ひなたは伏し目がちになって白状する。
「そうなの。だからお金がなくてどこにも遊びに行けなかったの。そ、それにギターの練習がしたくて……ご、ごめんね! はるちゃん、ひよりちゃん!」
「はあー……」
私は盛大にため息をついた。そういうことだったのか。
「それならそうと言いなさいよね。様子がおかしいから心配したじゃない。……まあ、ひなたはいつもちょっとおかしいけど」
「ひどっ!?」
腹いせにひなたをからかいながら、私は内心ホッと胸をなで下ろした。ついついあれやこれやと想像してしまっていたけれど、親友はいつも通り、やりたいことに一直線だっただけらしい。
「うふふ、はるちゃん心配してたんだよ。ひなちゃんに彼氏ができたんじゃないかーって」
「あっ、こらひより!」
「か、彼氏なんて! そんな暇ないよ! 今はギターの練習したいのに!」
ひなたはぶんぶんと手を振って否定した。その顔は真っ赤になっていてかわいい。ちょっと色恋沙汰を絡めただけでこれだもん、当分どこの馬の骨とも分からないやつにはあげられないわね、うん。
と、そこで私はふと気付いた。
「そういえば、なんで学校にギター持ってきたのよ。怒られるんじゃないの?」
ギターを持っている理由は分かったとして、どうして学校に持ってきたのかが謎だった。嬉しすぎて持ってきてしまった、とかなら当然没収される。ケータイとかならいざ知らず、こんな大きいものは隠しようがないからだ。さすがにそこまで考えなしではないと思うけれど、ひなたなら可能性がゼロじゃないのが恐ろしい。
しかし、どうやらそれも杞憂だったようだ。
「実は、お願いして音楽の先生にレッスンしてもらえることになったの。部活動……じゃないんだけど、まあそんな感じの活動、みたいな感じで」
「え、ひなちゃんのためだけに教えてくれるってこと?」
「まあそう、かな。ギターを買ったけど練習どうしようってなって、思い切って先生に相談したら、二学期からなら先生の時間がある日に教えるよって」
「……昔から、そういう謎の度胸があるわよね、ひなたって。向こう見ずとも言うけど」
「でも私は、ひなちゃんのそういうところすごいと思う。さすがひなちゃん」
ひよりがひなたの頭を撫でた。同級生なんだけど、その様子は私と違ってとても年上めいて見える。高校生に間違えられるくらい背が高くて、顔も美人だから絵になるのだ。
「ひよりちゃん……えへへ」
ひなたもまた、まんざらでもない顔でにやけていた。こっちは同級生だけど妹っぽい。てかやっぱり犬っぽい。
「二学期も色々ありそうね……」
ぼやきながら私は空を見上げる。その口元が緩んでしまうのは、仕方ないことだろう。
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本作は、朗読、ラジオドラマにご活用いただけるシナリオとして、「HEARシナリオ部」の活動内で作成いたしました。
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シナリオ作者:柚坂明都(ふぁいん) https://hear.jp/finevoices
シナリオ引用元:それはまるで大空のような https://fineblogs213.com/guitar-of-origin/
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