もしあなたが私に、お前の両親はどんな人たちだったのか、と尋ねるのならば、私は、到底まともとは呼べない人たちだったよと、答えるしかないでしょうね。幸か不幸か、私は自分の両親以外の人間と、それほど関わりのない人生を歩んできましたから、まともか、まともでないかの基準も曖昧なのですが、しかしながら、彼らはきっとまともではなかったのだろうと、今では思います。
父は、この世の理不尽を全て感じているかのような人でした。口癖のように「あいつらのせいだ!」と叫び、腹いせに、母や私を殴ることだって日常茶飯事でした。父の言う「あいつら」が、一体誰のことなのか、私には長らく分かりませんでした。少なくとも私は、父以外の誰かから、自分を害されたことがなかったからです。実は今でも、そんな経験はありません。しかし父にとって、ぼろ小屋のような家にしか住めない環境も、常に絶えることのない空腹も、自身を蝕む病も、その全てが、「あいつら」のせいだったのだと思います。
母は、ずっと泣いている人でした。父に殴られて泣き、境遇の苦しさに泣き、けれども、それを変えるために何かをしようとは、決して思わない人でした。父に言い返すこともなく、父を助けるために何かをするでもなく、そうして父と同じように病に倒れてからは、寝床でずっと泣いていました。
そんな父と母でしたから、ふたりで会話している様子を見た記憶がほとんどありません。父が母に対して命令し、母が震えながらそれに応じる。我が家では、それが一般的な意思疎通の方法でした。
しかしながらふたりとも、私に対してだけはまともに言葉をかけてくることがありました。皮肉なことに、そんなところだけ父と母は似通っていて、よく言われたのは、私に対しての期待でした。父は、「あいつらを倒すのはお前しかいない」と言い、母は、「お前は山の神様がくださった特別な子だから」と言いました。私は、見たことも害されたこともない「あいつら」を倒すつもりなどなかったですし、むしろ普通でありたいと思っていたのですが、……まあ、その結果が今ですから、結局普通ではなかったということなんでしょうね。それはきっと、特別というよりは、蛙の子は蛙、私もまた、まともではなかったということなのでしょう。
それでも弁解をひとつだけさせていただけるなら、あんなふたりでも自分の両親。亡くなったとなれば、わずかな期待であっても、応えたくなってしまうということなんですよね。
――おっと、気づけば火が小さくなってしまいました。薪を足しますね。
あなたは多分、火が苦手なのだと思いますが、私は焚き火が好きです。ゆらめく炎と、うっすら立ちのぼる煙、そして、ぱちぱちとはじける火の粉の音。この旅が始まってから、何度もこんな夜がやってきましたが、食後のこの時間が、私は好きになっています。山は暗いので、獣の類いが近づいてくる危険はありますが、こうして火を焚いているうちは少しばかり安心できますし、もし近づいてきたとして、あなたはそういうものに敏感ですから、すぐに対応することもできるでしょう。あなたのように、穏やかな獣であれば、仲間になってくれても良いんですけどね。
できることなら、いつまでもあなたと一緒に、この穏やかな夜を過ごしていたいところですが、日中、お天道様の下を地道に歩き続けてきた我々の労力が、間もなく実を結んでしまいそうです。うまくいけば、早ければ明日にでも、私の人生にとって大きな一日がやってくることになるでしょう。今夜は最後の、ゆったりした時間になると思います。どうかゆっくりと休んで、明日の戦いに備えましょう。あいつらを皆殺しにし、金銀財宝を奪ってやるのです。それこそが、父の悲願なのですから。
――そうそう。言い忘れた、面白くもない話なんですけどね。母が私を特別だと言っていた理由、知りたいですか?
母が言うには、私、桃から生まれたらしいんですよ。そのせいで、こんな名前をつけられたんですけどね。
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本作は、朗読、ラジオドラマにご活用いただけるシナリオとして、「HEARシナリオ部」の活動内で作成いたしました。
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○クレジット
シナリオ作者:柚坂明都(ふぁいん) https://hear.jp/finevoices
シナリオ引用元:それはまるで大空のような https://fineblogs213.com/retrospective/
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