りゅうぐうの管理人

SE 自転車で坂道を下る

男「はあ……はあ……あと何分だ? ……七分か、ギリだな。くっそ完全に寝坊した! なんで俺は昼寝なんかしちまったんだ!」

SE 自転車で坂道を下る

男「確か今日、店長シフト入ってたよな? あの人、時間には厳しいからなんて言われるか……とりあえず、できるだけかっ飛ばしていくしかねぇ! うおおおおおおおお!」

SE 猫の鳴き声

男「うわっ!!」

SE 自転車のブレーキ音
SE 石につまずく音

男「あっ……、これ死んだわ」

SE ドボーン(水に落ちる)

女「(フェードイン)……もし。もしもし」

男「ん……んん……あと五分……」

女「なんとベタな。本当にそんなことを言う人間がいるんですね」

男「ん……? あれ……俺……」

女「気付かれましたか?」

男「あ、ああ……。え、あれ、俺何やって……」

女「記憶が混濁しているようですね。無理もありません。海底を千メートルほども沈んできたのですから」

男「……海底? 海底って、うみそこ海底かいてい!? ちょっと待て、アンタ何言って……」

女「上をご覧ください」

男「上……? なッ!?」

女「水でしょう。まごうことなき海水です。我々の術を使って明るく見せてはいますが、まぎれもなくここは水深千メートルの海底です」

男「海底……いや、え、マジ?」

女「マジです。でなければ一面のあの水をどう説明しますか?」

男「それはまあそうかもだけど……でも確かに言われてみれば、下り坂爆走してそのままガードレール越えて海に落ちたわ、俺」

女「記憶が戻られて何よりです。人工呼吸の甲斐がありましたね」

男「人工こっ……! そ、それは……あんたがやってくれたのか……?」

女「いいえ、やったのはそこの亀です」

男「亀!?」

女「超絶美人な私が相手でなくて残念でしたね」

男「自分で言うのかよ!?」

女「あなたの顔に書いてありますもの。残念だって。下等な爬虫類ごときにファーストキスを奪われたなんて、って」

男「そこまで思ってないが!? つーかファーストキスって決めつけてんじゃねーよ!」

女「違うんですか?」

男「……うるさいな」

女「特に声の大きさは変えておりませんが」

男「声量の話じゃねぇよ……なんか疲れてきたな。話を戻して良いか?」

女「超絶美人な私が相手でなくて残念でしたね」

男「そこに戻す気はねぇ! ……で? ここは水深千メートルの海底だって?」

女「ああ、そこをまだ消化できてなかったんですね」

男「そりゃそうだろ。ほんとに海底だとして、理屈が合わないことが多すぎる。なんで俺はこうして平気なんだ。空気は? 水圧は?」

女「地上には地上の理屈があるように、海底には海底の理屈があると言うだけですよ。我々の術で空気を作り、水圧を調整しています」

男「術?」

女「まあ魔法みたいなものと考えてもらえれば。説明はしません、めんどくさいので。頭の悪そうなあなたにどうせ分かるとも思えませんし」

男「命の恩人じゃなかったら殴ってるぞ」

女「あら、では殴られてしまうかもしれませんね。何しろあなたを直接救ったのはあの亀ですから。超絶美人な私が相手でなくて――」

男「それはもういい! で、結局ここは何なんだ?」

女「海底だと言ったではないですか」

男「そうじゃなくて。海底は海底として、こんだけ明かりも空気も整備してるからには、何かの施設なんじゃないのか? やたらと亀がいっぱいいるし」

女「ああ、そういうことですね。ここは『りゅうぐう』。そして私は管理人です」

男「竜宮りゅうぐうの管理人!? いや、確かに海底と聞いた時点でそんなのが頭によぎったが……じゃあ何か? アンタまさか、乙姫おとひめ様ってやつか?」

女「はい? 誰ですかそれ」

男「違うのか? 竜宮城を統べる女性といったら乙姫様だろう?」

女「……ああ、そういえば地上にはそんな話があるんでしたね。思い出しました」

男「知ってるのか」

女「ええ、配信で見ました」

男「配信で!?」

女「ええ、サブスクで配信サービスを契約してるので」

男「海底にもインターネットってあるのか……」

女「むしろ海底だからこそあるんですよ。海底ケーブル通してくれてるじゃないですか」

男「ああ、そういや海底ケーブルを通じて世界中がつながってるんだったか。普段意識しないからな……いやそんなことはどうでも良いんだ。ここは竜宮城だって言ったな」

女「言ってませんが」

男「はあ!? いやさっき……!」

女「私は、ここは『りゅうぐう』だと申し上げたのです。それともなんですか、あなたには城が見えるんですか?」

男「……確かに見えないか。ただのだだっぴろい平地に見える。白線がところどころに引いてあって、なんか駐車場とか駐輪場っぽいな」

女「珍しく察しが良いではないですか。ここは『駐亀場ちゅうかめじょう・りゅうぐう』です」

男「ちゅうかめじょう? 駐車する亀の場と書いて駐亀場か?」

女「そのとおりです」

男「なんで亀だけ訓読みなんだよ。『ちゅうきじょう』にしろよ」

女「……まさかそこを気にされると思いませんでした。細かい男ですね、だからモテないんですよ。大して頭も良くないくせにこんなところばっかり」

男「そこまで言う!?」

女「大体、変なところに気付く割に配慮が足りません。『ちゅうきじょう』だと伝わりにくいでしょう? 実際あなたも、『ちゅうかめじょう』だから一回で理解できたのではないですか」

男「……確かに。ケミストリーの化学を『ばけがく』と言うのと同じか」

女「そういうことです。それくらい一瞬で察する男になれないと来世も彼女できませんよ」

男「今世はできないこと確定みたいに言うな! ……え、てか今気付いたけどもしかして俺、実は死んでたりする?」

女「いいえ、生きてますよ。死んでたら人工呼吸なんてしません。わざわざしてあげたんですから感謝してくださいね」

男「アンタはしてねぇだろ!」

女「とにかく、生きたまま乗り物で海にやってきたからここに来れたんですよ。だからあなたは生きてます。それは保証します」

男「そっか……それならまあ良かったよ。つーか、その理屈だと潜水艦とかで来てもここに来られるのか?」

女「それは無理ですね。またがるタイプの乗り物じゃないと。我々はウミガメにまたがるようにして乗りますから」

男「なるほどな。それならほぼ、俺みたいな地上の人間がくることもないわけだ」

女「そうですね。補足するなら、亀を助けてもいないのに厚かましくもやってくるれ者は初めてです」

男「そんな痴れ者を助けてくれてありがとよ!! ……はあ、なんかもういいや。疲れたわこの漫才。帰りたいんだけど」

女「ようやくその気になりましたか。長かったですね」

男「え、今までのやりとりってもしかして遠回しな帰れアピールだったりする……?」

女「いえ、会話のドッジボールってやつですよ」

男「ぶつけて楽しんでるじゃねーか!」

女「そんなことはいいですから、帰るのでしょう? 早く選んでください」

男「選ぶ?」

女「あなたが落としたのはこの金の自転車ですか? 銀の自転車ですか?」

男「え、この話そっちなの!?」

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本作は、朗読、ラジオドラマにご活用いただけるシナリオとして、「HEARシナリオ部」の活動内で作成いたしました。

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○クレジット
シナリオ作者:柚坂明都(ふぁいん) https://hear.jp/finevoices
シナリオ引用元:それはまるで大空のような https://fineblogs213.com/manager-of-the-ryugu/

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