SSDF

 時計の針がとっくにてっぺんを超えた、深夜も深夜。

 仕事を終えた俺は、脳内で暴れ狂う内なる自分のハイな気分に引っ張られながら、自室のパソコンの前で闇雲に躍り散らかしていた。

『ひゃっふううううううううう!!!!!!!』

 フリーランスになって半年。何とか仕事を軌道に乗せるべく、ちょっぴり無理をし続けているせいか、山場を超えた後は大体こう・・なる。一周回って目はギンギン、されど脳の奥底にどんよりとした疲労を抱えながら、脳内で流れる謎のアップテンポミュージックに合わせて、本能のままに体を動かし、叫び散らかすのだ。

 もちろん深夜なので実際には音楽など流していないし、叫んでもいない。なんなら下の階の人に怒られるので、ステップもソフトに踏んでいる。傍目には、おっさんがひとりで不可解な縦揺れをしているだけに見えるかもしれないが、誰に見られるわけでもないし、迷惑もかけていないのだから良いだろう。たとえおかしな行為に見えても、俺にとっては、仕事を終えた達成感と、充実感に溺れるための大事な時間だ。

 俺は心ゆくまで魂のダンスを繰り出し続けた。どれくらい踊っただろうか、筋肉マッスル疲労タイヤードになりはじめた頃合いで椅子に戻る。今回もよき筋肉疲労マッスルタイヤード。ここで、机に常備してある例のブツの蓋を開けた。そのまま上を向き、口を開けると、中に入っている白い粒を流し込む。

 ゴリッ、ゴリッ、と、快感としか言えない振動が、歯から顎、そして頭蓋を揺らしていく。そのたびに広がる酸味と爽やかさが、疲れを吹き飛ばすようだ。――だが、こいつの真骨頂はここから。俺の舌にある甘味受容体が、遅れてやってくる甘みを逃さずキャッチし、脳へと伝えていく。

 まさしくそれは、最高の気分フェイバリット・タイム

 舌から全身へと、活力が染み渡るような感覚があった。もちろん実際には、嚥下されたブツたちは食道、胃を通り過ぎ、小腸から血中へと吸収されているわけで、舌から吸収できるはずもないのだが、そんな細かいことはどうでもいい。重要なのは、大量のエネルギーが流れ込んだというその事実だけだ。

 おかげで、仕事とSSDF――セルフ・ソウル・ダンス・フェスティバルで蓄積した精神的、肉体的疲労が緩和されていく気がした。あとはこのままじっとしていればいい。やがては幸せな眠りが俺を誘うはずだ。

 ほら、徐々にうとうとと――

「ふぁあああ……寝たなあ。体は痛いけど」

 翌朝。

 三時間程度の眠りから覚めた俺は、固まった体をゆっくりと伸ばす。秘技、『血糖値スパイク睡眠法』によって、今回も無事、短い睡眠に留めることができた。仕事が一段落したとは言え、まだまだやることはたくさんある。長い睡眠を取っている暇はないのだ。

 無論、この睡眠法が体に悪いことは分かっている。白い粒ラムネ菓子の大量摂取によって瞬間的に血糖値を引き上げ、反動でインスリンを大量分泌させることで、強制的に低血糖状態をつくる――それによって生み出される睡魔が、健康的なはずがないだろう。

 だが、ベッドで寝てしまえば短時間で起きることは不可能だし、反対に、通常状態シラフでは、いくら疲れていると言っても、椅子の上ではなかなか寝付けない。この裏技とも言える秘技を使って、寝にくい椅子の上で半ば気絶するからこそ、この短時間睡眠が実現できるのだ。

 ブドウ糖万歳! ……なお、おすすめはしない。

「さて、じゃあ濃いのを入れますか、濃いのを」

 頭が覚醒してきたので、俺はキッチンへと向かう。コーヒーを淹れるためだ。当然だが、椅子の上での睡眠で、連日の疲労が全て取りきれるわけがないので、カフェインブースターが必要だった。

 カップにインスタントの粉を一杯、二杯、三杯。そしてお湯を沸かす。少し時間はかかるが、体のストレッチを継続しながら待てば、意外とすぐだ。

「あちちち……んー、濃いね! 良いね!」

 できあがった真っ黒な液体を一口飲みながら、デスクへと戻ってきた。早速仕事に取りかかる前に、朝飯の配達でも頼もうと、スマホを手に取る。通知バーにあるアイコンが目に留まった。

「ん゛っ……ゲホッ! ゲホッ!」

 ……何気なく開いた結果、俺はむせかえることとなった。

 それは、フリーランス仲間から送られてきた一本の動画。サムネイルには、ブレブレのおっさんが映っている。再生ボタンを押せば、無言で踊り狂う不審なおっさんが、三倍速で動き始めた。ひとしきり躍った彼は、ラムネ菓子の入った容器を逆さにして頬張り、椅子に座る。そして、満足げな顔で動かなくなった。

 途端に蘇る、ゆうべの記憶。……そういえば昨日は、同じく山場を迎えていたこいつと作業ボイチャを繋いでいたのだった。最初こそ、お互いを励まし合いながら仕事をしていたが、途中から向こうが寝てしまったようだったので、そこからはひとりで黙々と仕事をしたのを覚えている。だが……確かにその後、ボイチャを切った記憶がない。もちろん、カメラをオンにした記憶もないのだが……これがあるってことは、躍っているどっかのタイミングでオンになってしまってたんだろうなあ……。

 仲間からは一言、『セキュリティ甘いっすよ』というメッセージが来ていた。完全に面白がって録画しやがったのだろう。

 俺はそっとメッセージを返した。

「いくら欲しいんだ、言ってみろ」

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本作は、朗読、ラジオドラマにご活用いただけるシナリオとして、「HEARシナリオ部」の活動内で作成いたしました。

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○クレジット

シナリオ作者:柚坂明都(ふぁいん) https://hear.jp/finevoices

シナリオ引用元:それはまるで大空のような https://fineblogs213.com/ssdf

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