研究記録第六二二六七二

 我輩のお名前は、メルティス=フォン=ティマ=(中略)=マナロード。人呼んで「魔道王」である。

 極めに極めた魔法学を駆使して自分の領土を広げまくった結果、名前が長くなりすぎたため、いつもこのように名乗っている。言わずもがな、(中略)の部分は名前ではないので、面白がって「中略さん」などと呼ばないでほしい。滅ぼしちゃうぞ☆

 我輩の功績については今更記録するまでもないことだが、確認として概略を示しておく。発表した魔法論の数は実に七一九。それに基づいた実践的魔術の数は三万を優に超え、そのうち二千ほどは、世界でも我輩にしか扱えない極致きょくち魔術となっている。魔法論の発表など、生涯に百もできれば多い方であるし、そのうち大発見とされる研究が三本もあれば天才と呼ばれるのだから、我輩の非凡ぶりは言うに及ばずというところだ。我ながら、王と呼ばれるにふさわしい実績だろう。

 我輩がここまでの成果を出せるに至ったのは、七歳のときに発見した「思考魔術」のおかげである。一言で言えば、「考えるだけで魔術を発動することができる魔術」だ。詳細は著書『偉大なる魔道王の魔法論』第一巻に記載の「意思変換論」を読んでほしい。

 ともかく、このおかげで我輩は、理論の検証のために必要な実験時間を大幅に短縮できた。何しろ、我輩ほどの人間が構築する魔術となると長大な魔法文が必要となる。圧縮詠唱に高速詠唱を併用したとて、あまりに煩わしいものだ。魔法陣化して繰り返し使用できるようにする手もあるが、あまりに複雑すぎて制作にひと月は必要だろう。それらの工程を全て省略するのが思考魔術である。言わば、我輩を魔道王たらしめる基礎魔術であり、無論、極致魔術である。

 何を隠そう、今のこの思考も、思考魔術によって記録されているはずだ。“はずだ”というのは、現時点の我輩には確認するすべがないからだ。それというのも、現在我輩は、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚……つまり五感全てを失っている。

 ――本題に入ろう。記憶にある限り、我輩は領土のひとつである爽やかな避暑地で、ひとり優雅に休養を取っていた。愛読書である自伝『あゝああ、偉大なる魔道王』を片手に、己の華麗過ぎる経歴を振り返っていたのだが、あまりに快適な環境ゆえ、ついうとうととしてしまった。そんな折、何者かの叫び声とともに、巨大な火の球が飛んできたのである。いわく、魔王がどうとか、死ねとかなんとか。魔道王を略して魔王と呼ぶのはまあ良いとして、死ねは良くない。誹謗中傷だ。そんなものに屈する魔道王ではないので、思わず「やだ!」と返したところ、そこで記憶が途切れている。

 そして気づいたらこの状態だったというわけだ。我輩の聡明な頭脳で考えるに、おそらくこれは、我輩、燃えたのではないかと思う。完全にリラックスしていたので防御魔法などもかけていなかったし、なんなら全裸で日光浴を楽しんでいたところだったので、多分燃えている。記憶を頼りに推察した火の球の威力からすれば、こんがりどころか骨しか残っていない気がする。となると、刺激を感覚に変換する神経含め、何もかもが塵になっているはずなので、この状態も納得だ。

 だとすると興味深いのは、今これを思考している我輩とは何なのかということだ。我輩はてっきり、人の意思とは脳に存在すると思っていた。だが、肉体が骨を残して燃やし尽くされたのなら、脳だけ残るとは考えにくい。ならば、我輩は今、どこでこの思考をおこなっているのだろうか。

 さすがの我輩と言えど、その答えはまだ出ない。現時点で考えうる可能性としては、我輩が最後に発した「やだ!」が、死に対する抵抗魔術、すなわち不死の魔術として発動した可能性だ。我輩ほどの人間であれば、「やだ!」の一言で己を不死にできたとて不思議ではない。不死だけに。つまり、この状態こそが、不死魔術の結果なのだ。正直、肉体の回復は一瞬でできるのだが、せっかくなのでじっくりと、この状態を分析しておこう。

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補足:偉大なる魔道王様のお名前は、そのまま「めるてぃす、ふぉん、てぃま、ちゅうりゃく、まなろーど」と発音していただければ大丈夫です。

本作は、朗読、ラジオドラマにご活用いただけるシナリオとして、「HEARシナリオ部」の活動内で作成いたしました。

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○クレジット
シナリオ作者:柚坂明都(ふぁいん) https://hear.jp/finevoices
シナリオ引用元:それはまるで大空のような https://fineblogs213.com/research-catalogue-no-622672

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