無知のオルタナティブ

 今日という日で世界が終わり、明日がやってこないとしたら、あなたは何をしますか?

 友達みんなと一緒に楽しく過ごしますか? 家族とゆっくり終末を待ちますか? それとも、どこか遠くへ旅行して、美しい世界の最期を目に焼き付けますか?

 わたしは――

 わたしは、この質問が苦手でした。

 ニュースアプリのトップページに、今日もまた、ロケット打ち上げのニュースが表示されている。昨日打ち上げをおこなった三機のロケットについて、結果をまとめた記事だ。

 「打ち上げは三機とも成功」、「連続打ち上げも安定」、「いよいよ一般向けにもサービス開始か」、などと、浮かれた文字列が並んでいる。宇宙航海時代、という言葉も、この一ヶ月で毎日のように聞くようになった。連日、世界各国でロケット打ち上げがおこなわれており、今日のように一機も予定されていないほうが稀だ。すっかり、空に走る煙も見慣れたものになってしまった。

 宇宙はロマン、と考えている人は多いみたいで、とあるアンケート結果では、宇宙に行きたいと考えている人が、全体の六割もいるらしい。四割のほうに属するわたしには、いまいちよく分からない感覚だ。

「ねぇ、宇宙、行きたい?」

 試しに、目の前の浮かれ人間代表に意見を聞いてみることにした。

「んー、どしたん急に」

「いや、わたしは行きたくない派なんだけどさ、目の前に行きたそうな顔してるヤツがいたから、聞いてみようと思って」

「それどんな顔よ」

「ん」

 わたしはスマホをインカメラにして向けてやった。

「おお。これが宇宙に行きたそうな顔か。めちゃくちゃかわいいやん」

「実際かわいいからツッコミづらいんだよなあ……」

「一枚六百円だけど、どうよ?」

「リアルな価格設定やめなー」

 わたしはスマホをメインカメラに戻すと、シャッターボタンを一回押した。

「いや撮るんかい!」

 想定どおりのツッコミに、くつくつと笑って返す。だが、そんなわたしの笑顔も、すぐ呆れ顔に変わった。

「……不意打ちしたはずなのに、一瞬でバチバチにキメ顔したヤツにツッコまれてもなあ。どういう反射神経よ、これ」

 画面の中に切り取られた顔は、まだ加工もしていないのにめちゃくちゃ美人だった。

「……で、なんだっけ。宇宙に行きたいか、だっけ」

 話が脱線しまくったところで、超絶反射神経女が律儀にも話を戻してくれた。

「ああ、そうだったそうだった。美人でかわいい『宇宙に行きたい顔』代表としては、どうなのよ、そこんとこ」

「んー。まあ、そんなでもないかな」

「え、意外。もっと、楽しそう! とか言うと思ったのに」

「なんていうの、ふわふわ感? 気持ち悪そうじゃない? 無重力のあの感じ」

「あー……なるほどね」

 浮かれ人間代表兼『宇宙に行きたい顔』代表は、意外にも、浮かれていないし、宇宙にも行きたくないようだった。図らずもその感覚に共感できてしまって、何も返せなくなる。前後不覚なあの感じ、多分私も、好きではないと思う。実際どうかは知らないけれど、なんとなく、三半規管をやられて、ひどく酔いそうだ。

「あと、さすがに宇宙人にモテるかどうかまでは自信ないからさー。地球でいいかなって」

「だからツッコミづらいのよ、それ」

 わたしたちは、そんな他愛のない会話をしながら、お昼休みを過ごした。

 ――それが、ほんの数時間前のことだ。

 すっかり日が暮れた夜の空を、切り裂くように光が走る。それはもはや、誰が見ても異常だと分かるほどに大きく、大きくなっていた。

 街の人々は叫びながら、どこへともなく走ってゆく。道路を埋め尽くす車からも、続々と人が出てきて、波のようになっていた。叫びや怒号、どこからともなく聞こえるサイレンが、一周回って、全ての音を私から奪い去るようだった。

 わたしは二階のベランダから、眼下にそれらの光景を眺めつつ、迫りくる光をただ見つめていた。まるで、夜に出現した太陽。もたらすものは恵みではなく、きっと、全ての終わりなのだと思う。

 ポケットから、スマホを取り出した。

 メッセージアプリを起動する。うまく画面を読み込まない。

 電話アプリを起動する。ほとんど使っていなかったが、ちゃんと登録されていた電話番号を選択した。……何コールしてもつながらない。

 どうやら、電脳世界も混乱の最中にあるようだった。

 わたしは、フォトアプリを起動した。スマホの中にあるそれは、問題なく表示できた。

 美人なキメ顔相手に、私は呟く。

 世界が終わる日、あなたは何をしていますか?

 みんなと一緒になって逃げていますか? 家族と家で震えていますか?

 それとも、わたしと同じように、美しいこの炎を、目に焼き付けていますか?

 ――わたしは、

 わたしは、この質問が苦手でした。

 世界が終わるなんて、想像できなかったから。何をする? なんて聞かれても、答えることができませんでした。

 ……でも、今は違います。

 世界が終わる日。その日が来たら。

 わたしは何もできずに、ただ、受け入れるみたいです。

 あなたは、抗いますか?

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本作は、朗読、ラジオドラマにご活用いただけるシナリオとして、「HEARシナリオ部」の活動内で作成いたしました。

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また、音声投稿サイト「HEAR;」での投稿時には、タグに「無知のオルタナティブ」もしくは「HEARシナリオ部」と入れていただきますと、作成いただいたコンテンツを見に行くことができるので嬉しく思います。

○クレジット

シナリオ作者:柚坂明都(ふぁいん) https://hear.jp/finevoices

シナリオ引用元:それはまるで大空のような https://fineblogs213.com/alternatives-to-ignorance

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