「ふう」
明日の講演で使用する資料を作り終えて、私は背もたれに深く体を預けた。毎日毎日講演続き。疲れはあるが、それだけ自分が求められているということに充足感も覚えていた。
最近では、大学や研究機関のみならず、一般向けの依頼も増えてきていた。明日の講演もそうした中のひとつで、とある小学校からの依頼となる。相手が小学生となると、さすがにいつもどおりの資料というわけにはいかず、こうして、内容をかみくだいて作り直していたわけだが、専門用語が使えないというのは難儀するものだ。だが、我が子に説明する気持ちで作れば、そうした手間も惜しくはなかった。
「パパー」
噂をすればなんとやら、がちゃりと扉が開く音がして、愛する息子が入ってきた。頭に何かをつけているのが目に留まる。
「おお、なんだか素敵なものを頭につけているね?」
「これね、ようちえんでつくったんだ!」
「そうかそうか! お面、かな?」
「そうだよ! おにのおめん! パパのぶんもあるよ!」
はい、と、息子が私に鬼の面を渡してくる。息子の頭についているのが赤で、私のは青だ。赤鬼、青鬼ということらしい。そう言われてみれば、ツノが生えているし、キバも見える。確かに鬼だ。
「そういえば、そろそろ節分だったね」
「うん! わるいおにをやっつけるんだよね?」
「そうだよ。豆をまいて、悪い鬼を追い出し、幸せを呼び込む。昔からある行事だね」
「ぼく、がんばってまめまきするね! わるいおにがいたらやだもん!」
「そうだね。一緒に頑張ろう」
いえーい、と、息子とハイタッチする。息子は最近、ハイタッチがお気に入りのようだった。小さな手が愛らしくて、絶対にこの子を幸せにしたいと思わされる。
そんな息子が、少し不安そうに私を見上げた。
「せつぶんのひ、はれるかな?」
天気の心配だった。万一雨なら中止になるかもしれない、と思っているのだろう。確かにそれは、我々人間にはどうしようもできない不安の種だった。――ほんの、半年前までであれば。
私は息子を安心させるように、にっこり笑った。
「晴れるさ。絶対に晴れる。今、お空には、パパの作った機械があるからね。こういうイベントの日は、晴れるように設定してあるんだ」
私はそう言って息子をなでた。さすがパパ、と言われ、単純だが、誇らしげな気分になってしまう。どんな称賛よりも、息子に喜んでもらえることが嬉しかった。
半年前、私の発明が宇宙へと飛び立った。簡単に言えば、天候を操る人工衛星、というやつだ。気圧、水蒸気の量などを操り、天候を自由自在に変動させることができる。いくつもの衛星同士で連携をとりながら、各地域の日射量や雨量を自動で調整し、地球全体に最適な天気をもたらすシステムだ。
もちろん、その分、影響も極めて大きい。天候を操作できるということは、指先ひとつで、大災害をもたらすこともできてしまうということだ。よって、悪用を防ぐため、開発は世界各国共同で進められた。「どの国にも天候操作権を持たせないこと」を徹底するため、制御は、AIが担うことになっている。それも、ただのAIではなく、あらゆる国の精鋭が、相互監視のもとで開発した、完全独立型のAIだ。どの国の意思も介入する余地はなく、後から改修もできないようになっていた。代わりに、AIの自己判断で勝手にアップデートを繰り返す成長型のシステムとして設計されている。機能的、セキュリティ的にも安心だった。
それでも、このシステムの発表当時は、様々な懸念があちこちで叫ばれた。気持ちは理解できる。何しろ、いかに万全を期したといっても、百パーセントなど存在しない世界だ。不安になるなというほうが難しい。
だからこそ我々研究チームは、対策も、シミュレーションも、十全におこない、丁寧に説明した。そのおかげで民衆はシステムを受け入れ、今や、全人類がその恩恵にあずかっている。事実、この半年間に、竜巻、台風、干ばつなど、気象に起因する災害は一件も発生していなかった。それだけでなく、もっと日常レベルで、突然のにわか雨、ゲリラ豪雨などに遭遇してしまう不運からも、人類は解放されていた。雨自体は降るのだが、天気予報さえ見ておけば、秒単位で天気が予測できる。予想外に濡れてしまう、といったことがなくなったのだ。
また、そのほかにも、イベントがある際には、それにあわせた天気になるのが、このシステムの面白いところだ。大抵は晴れが好まれるので晴天となるが、クリスマスなどには、ほんの少しの雪が降ったりする。人類は今や、天気を演出として楽しむ時代に突入していた。
――本当に、我ながら、大発明をしてしまったものだ。
「……そうだ、天気が心配なら、パパが今、天気予報を調べてあげよう。間違いなく、晴れになっているはずだよ」
パパすごい、と笑う息子をもっと喜ばせたくなった私は、自らの成果をじかに見せることにした。端末を操作し、天気予報を表示する。そうして、ずらりを並ぶ天気のアイコンを、息子と一緒に追っていった。
「明日は晴れだね。明後日は雨だ。えーと、二月三日は……」
翌週の天気を見ようと、画面を遷移させる。
「――なんだ、これは」
そこで私は、眉をひそめることになった。
「……パパ、これ、がいこつ?」
二月三日の天気。そこには、見慣れたアイコンとは対照的な、まがまがしいドクロのマークが表示されていた。当然ながら、ドクロなどという天気はないし、そんなプログラムを設計してもいない。
息子は不安そうに私を見上げる。私の背筋に、冷たいものが走った。バグか、エラーか……。
私はすぐさま、研究室の端末へとリモートアクセスした。ここからなら、より詳細なプログラムの状態を確認できる。
だが、システムはバグもエラーも検知していなかった。ただ、二月三日の天気について、イベントに合わせた天候操作であることを表すアイコンとともに、メッセージが表示されている。
「”Evils out!“――邪悪を追い出せ、だって……?」
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本作は、朗読、ラジオドラマにご活用いただけるシナリオとして、「HEARシナリオ部」の活動内で作成いたしました。
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シナリオ作者:柚坂明都(ふぁいん) https://hear.jp/finevoices
シナリオ引用元:それはまるで大空のような https://fineblogs213.com/weather-forecast
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