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 あ、ちょっとそこのあなた。あなたですよ、あなた。

 画面の前で缶ビール片手に動画視聴しているそこのあなたです。

 よろしければ少しの間、私にお付き合いください。これから三つ、質問をいたしますので、回答を思い浮かべていただければ結構です。すぐ済みますから。

 まず、その缶ビール。ビールといってもたくさんの種類がありますが、あなたはどうしてその缶ビールを選んだのですか?

 いつも飲んでいるから? 味が好きだから? それとも、何となく?

 有名だからというのもあるでしょうし、親や友達が飲んでいたから自分も、ということもあるでしょう。インターネットでの評価が高かったから、インフルエンサーが紹介していたから……考えられる理由は、色々ありますね。

 大丈夫、悩む必要はありません。率直に、ぱっと浮かんだ答えで大丈夫ですよ。

 では、次の質問です。まずは、その場で構いません、ぐるりと自分の周りに視線を巡らせてはいただけませんか?

 その中で、あなたが心の底から欲しい、もしくは必要だと思って買ったものはどれだけあるでしょう? 逆に、よく考えるとそこまで欲しくなかった、あまり使ってないと思うものは、どれだけありますか?

 大丈夫、不要なものが多いからといって、責めるつもりはありません。この豊かな時代、誰だって多かれ少なかれ、そういう傾向はあるものですから。

 それでは最後の質問です。最初の質問について、あなたは疑問に思いませんでしたか?

 なぜ、缶ビール片手に動画を見ていることが分かったのだろう、と。

 酔った頭ではその程度の疑問すら思い浮かばなかったでしょうか? 適当に決めつけで作られた広告のシチュエーションが、たまたま自分に当てはまっただけだと思いましたか?

 で、あるならば、私はそれについて、「いな」であるとお伝えしなければなりません。

 否、否、否です。この広告は、あなた専用にカスタマイズされています。私はこの時間、あなたが晩酌しながら動画を見ていることを確信しておりました。

 なぜ分かったか、心当たりはありますか? ないのであれば、知らぬ間に搾取されていることをご自覚ください。

 あなたが普段、毎週のように缶ビールを購入していること、そして毎晩、動画を四時間ほど見ていること。あなたの生活リズムは、全てデータとして蓄積しております。今や、全ての行動がネットワークを介して収集される時代ですから。

 そして私は、そのデータを使ってあなたを操ることができる。

 あなたが無駄に購入した商品、今一度思い浮かべてください。それは、動画や広告でおすすめされて、欲しくなったものではありませんでしたか?

 あるいは、必要だからと物を買うとき。いくつかある候補の中から、オンラインストアの評価を参考にして、商品を選択しませんでしたか?

 あなたはそれを、ご自身の選択だと思っていますね。いえいえ! もちろん! あなた自身が、「与えられた情報の中から」下した結果ですから、ご自身の選択ですとも。

 仮に、あなたのデータを知り尽くしているこの私が、どこかの企業の一員として裏で動いていたとしても、関係ないですものね。私が、自社製品の広告をあなたに見せ、自社製品を紹介する動画をあなたにおすすめし、あなたの無意識に私の会社の製品を刷り込ませていたとしても、

 最終的な決定を下したのは、あなたですものね。

 もっと言えば、ライバル会社の製品について、あなたには広告が表示されないようにしたり、むしろ、悪評だけが目につくように仕向けたとしたって……それはあくまで仕向けただけ。ライバル会社ではなく私の会社の製品を買ってくれたのは、やっぱり、あなたの選択ですよね。

 オンラインストアもそうです。無限とも思える膨大な商品の中で、検索結果に出てくる商品や、レビューの星の数が、本当に操作されていないとでも? 「あなたの嗜好に合わせる」という名目があれば、あなたに提供する情報をこちら側で事前に取捨選択することなど、極めて容易にできてしまうというのに。いやあ、本当に、ご購入いただきありがとうございます!

 ……さて、ご自分の置かれている状況について、そろそろご理解いただけたでしょうか。

 あなたの意思、あなたの考え、あなたの判断は、本当にあなた自身のものですか?

 ――そのショッキングなネット広告が流れ始めて数日、それは瞬く間に話題となり、ネットの海を駆け抜けた。

 勝手な情報搾取をやめろと叫ぶ者、だからといって使わないわけにはいかないと諦める者、未だ事態がよく分かっていない者、リアクションは様々だったが、やがてそれがテレビでも話題になり始めると、国民の声は大きくなった。

 その様子を見て、渦中の広告主は馬鹿にしたように笑う。

 そうなるように仕向けた自分の思惑通りに、批判し、行動する人々を眺めながら。

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本作は、朗読、ラジオドラマにご活用いただけるシナリオとして、「HEARシナリオ部」の活動内で作成いたしました。

ご使用の際は、説明欄等に、以下クレジットをご記入いただけますと幸いです。

また、音声投稿サイト「HEAR;」での投稿時には、タグに「広告」もしくは「HEARシナリオ部」と入れていただきますと、作成いただいたコンテンツを見に行くことができるので嬉しく思います。

○クレジット

シナリオ作者:柚坂明都(ふぁいん) https://hear.jp/finevoices

シナリオ引用元:それはまるで大空のような https://fineblogs213.com/advertisement

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