ある日、俺の肌は緑色になった。
「え、なんで?」
それは日曜の朝のこと。眠気を吹き飛ばすためにシャワーを浴びて、洗濯機を回しながら、ボーッとスマホで漫画を読んでいるときのことだった。
己の腕が、うっすら緑がかっていることに気付いた。
「えぇ……」
目の錯覚かと思い、まばたきを数回してみる。はたまた、光の加減を疑い、腕を色々な方向に動かしてみたが、やはり俺の肌は、緑色になっていた。
慌てて左腕も見る。すると案の定、左腕にもまばらに緑色の斑点が広がっていた。それどころかよく見れば、お腹や足、そして顔までもが、緑色になっている。
俺は鏡の前で恐怖した。そして、今日が日曜であることをひどく恨めしく思いながら、とにかくスマホで病状を調べる。
「『肌 緑色』……っと。だめだ、ピッ●ロ大魔王しか出ねぇ」
もしかして珍しい病気なのか、その後も調べるも、それらしいものに行き当たらない。黄疸などの近しい症状は出るが、俺の肌はもっと分かりやすく、若葉のような緑色だった。
「しゃーない……病院もやってないだろうし、とりあえず様子見だな。今のところ色が変ってだけで、痛いとかかゆいとかはないし。明日になっても消えなければ、仕事を休んで病院に行こう」
俺は不安ながらもそう決めて、一応記録として写真を撮っておいた。
ある日、俺の肌は赤色になった。
「え、今度は赤?」
何の因果か、それはまた日曜日のこと。昼下がりに、ちょっと贅沢なおやつとしてケーキを食べているときに気付いた。俺が月に一度か二度、通わせてもらっている近所のケーキ屋のケーキだ。月替わりで販売されるオリジナルケーキがいつも楽しみで、今日は今月の新作を楽しんでいたというのに、水を差された気分だった。
だが今回は、以前のような焦りはない。
「なんかアレルギーになるようなものでもあったか……?」
そう、何しろ肌が赤くなることは、緑に比べれば自然なことだからだ。自分でも気付かないうちに、何か体に合わないものを摂取してしまった可能性は大いにあり得る。もちろん、ケーキの中の何かがアレルギーに該当したのであれば悲しいが、幸い今回も痛みやかゆみ、呼吸困難などもないし、軽度だろう。
「しゃーない……どっかでアレルギー検査でも受けるか。本当にケーキに原因があったらまずいし、念のため、検査結果が出るまではお預けだな。俺のケーキ……」
俺は泣く泣くそう決めて、一応記録として写真を撮っておいた。
ある日、俺は良い香りのする男になった。
「え、この匂い俺から出てる……?」
それは、もはや言うまでもなく日曜日のこと。ケーキも食べられず、ストレスが溜まっていた俺は、せめてもの救いになればと、ジャスミン茶を楽しんでいた。ジャスミンの香りにはリラックス効果がある。週末の癒やしをそこに求めたのだ。
その癒やしスメルが、突如として俺の体から発されていた。
はじめは全く気づけなかった。それはそうだ、同じ匂いのするお茶を口から摂取していたのだから。しかし、ふとお手洗いに立って、香りがついてくることに気がついた。どんなに部屋を移動しても、体にまとわりつくように香ってくる。
やがて、お茶を飲みきってもしばらくその匂いが残ったことで、疑念は確信に変わった。
「もしや飲み過ぎるとこうなるのか……? いや、待てよ……まさかとは思うが……」
俺はいよいよ、仕事を休んで病院へ行くことにした。
「……と、いうわけなんですが」
「なるほど……」
月曜日。俺は皮膚科へとやってきていた。
正直、ジャスミンの香りのせいで何科にかかればいいのか迷ったのだが、緑になったり赤になったりしたのは肌なので、ここを選んだ。
「先生、どう思いますか?」
「写真を拝見する限り、何か異常が起きているのは確かかと思いますが、こんな鮮やかな緑の症例は……」
「俺は正直、お茶のせいなんじゃないかと思うんです」
「ジャスミン茶の一件ですか」
「いえ、全部です。肌が緑になったのも、赤になったのも、お茶のせいじゃないかなと思ってまして」
「というと?」
「肌が緑になった朝、俺、眠気を覚ますダメ押しとして濃いめの緑茶を飲んだんですよ。で、ケーキを食べた日は、一緒に紅茶を飲んでいた」
「緑茶だから緑で、紅茶だから赤だと?」
「馬鹿げてると思われるかもしれませんが、なんだかもう、それしか思い当たらなくて。……さすがにないですかね?」
「ふむ……」
医者は、俺の突拍子のない話を聞いて思案顔を浮かべる。自分でも半信半疑だった俺は、否定されたらされたで仕方ないと思いながら返答を待った。
だが、優しい医者はこう言った。
「少し調べてみます。すぐに回答できなくて申し訳ありませんが、今日のところはいくつか検査だけさせていただき、その結果も踏まえて後日とさせてください」
「分かりました」
そうして俺は、診察と血液採取を受けて病院をあとにした。医者からは、念のためお茶を飲まないように言われた。
――そして一週間後。
「カメリア・シネンシス・シンドローム?」
俺は医者からの連絡を受けて病院へとやってきた。
そして診察室に入るや否や、早々に告げられた聞いたことのない病名に、難病だったらどうしようという不安がよぎる。
それを察したのか医者は、「安心してください」と前置きして説明を始めた。
「カメリア・シネンシス・シンドローム――日本語では『チャノキ症候群』ということになりますが、調査の結果、あなたの病状はこれに該当するのではないかというのが私の出した結論です。この病気は、チャノキ、つまりお茶の葉に起因するアレルギーのようなものなのですが、通常のアレルギーのような痛み、かゆみといった反応は見せないため、現代医学でもまだはっきりと正体をつかめていない病気です。ただ、命に別状があるような症例は未だ報告されていません」
「そうですか……良かった」
とりあえず、死ぬような病気ではないと聞いてホッとする。そんな俺を見た医者は少し笑顔を見せてから、真面目な顔になって言った。
「ただ、あくまで『未だ報告されていない』だけですので、医者としては念のため、今後、チャノキ、すなわちお茶っ葉の摂取を避けることをおすすめします。死なないまでも、不可解な症例が出た事例はありますので」
「不可解な事例?」
俺の問いに医者は答えた。……その結果俺は、今後、自らの好奇心と戦う羽目になるのだった。
「ええ……少々ショッキングなのでぼかしてお伝えしますが、緑茶、すなわち『みどりの茶』を飲んだら肌が緑に、紅茶、すなわち『あかい茶』を飲んだら肌が赤に、『ジャスミン茶』を飲んだら体がジャスミンの香りになったことから察していただきたい。『烏龍茶』には、要注意です」
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本作は、朗読、ラジオドラマにご活用いただけるシナリオとして、「HEARシナリオ部」の活動内で作成いたしました。
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シナリオ作者:柚坂明都(ふぁいん) https://hear.jp/finevoices
シナリオ引用元:それはまるで大空のような https://fineblogs213.com/camellia-sinensis-syndrome
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