迷ってへたれて抱きしめて② #7

 階段を上がりきると、すぐ正面に僕の部屋はある。
 
 僕は、万一琉未ちゃんが階段から落ちたりすることのないように、彼女を先に進ませ、後ろからついていく形で二階へと向かった。
 琉未ちゃんは、ゆっくりと、でも一段一段確実に上がっていった。心配したようなふらつきもなく、五歳にもなると、意外と足取りはしっかりするんだなと僕は感じる。
 
 凪未ちゃんの『もうごさい』という発言も、あながち的外れではないのかもしれないな。結構一人でも色々できちゃうみたいだ。
「よし、着いたぞ」
 最後の段を上がりきったところで、僕はそう声をかけ、ドアに手をかけた。
「さあ、琉未ちゃんを僕の部屋にご招待だ」
 そして、ドアを引き、中に彼女を招き入れようとしたのだが……
「――あ、おにい……」
 がちゃん。
 
 すぐ閉めた。
 
 いや、何というか、気が付いたら体がそう動いていた感じだ。純粋無垢な琉未ちゃんをあの純粋な変態から護らなければならないと、頭で考えるよりも先に体が判断したのかもしれない。
 
 琉未ちゃんを見ると、わずかに首をかしげて不思議そうにこちらを見ていた。変に思われたな。まあ、うん。思うよな、変に。
 
 僕は、分かってもらえるとは思わなかったが、一応説明しておくことにした。
「えーっと、ごめんな。今、ちょっとな、中に、普通じゃないお姉ちゃんがいてな。うーんと……」
 五歳児にも伝わるように言葉を選びつつ、話す内容を考えながら口にする。
 
 つまり何を言いたいのか。何を言わなければならないのか。何を伝えておくべきなのか。
 
 考えて、僕はたったひとつ、こう告げた。
「……とにかく、びっくりしないでほしい。さすがにあいつも、本気で君に危害を加えたりはしないはずだから」
 そう、いくら那都葉でも、大丈夫なはずだった。
 
 というか、もし何かしようとするなら今回ばかりはぶん殴ってでも止めてやる。兄としてな。
 
 僕は再びドアを開けた。
「……何やってんだお前」
 瞬間、僕は眉をひそめた。それは、視界に入ってきた妹の姿が理解の範疇を超えていたからに他ならない。
 
 我が妹はなぜか床に寝そべっていた。仰向けで。
 
 感心するくらいにいつもいつも、意表を突いてくるなこいつは。
「たまにはお兄ちゃんを下から眺めたいなと思って寝ています」
 
 那都葉は僕の足元から、問いに答えた。
「お前のほうがちっちゃいんだからいつも下から見てるだろうが」
「それとはまた違うよお兄ちゃん。この角度のほうが見下ろされてる感が強いもん。私、楽しい気分になってきました」
「……。どうでもいいけど、そんなとこに寝てると踏むぞ」
「ふふふ、それは願ったり叶ったり」
「お前マジで何言ってんだ」
 この妹がおかしいのはいつものことだが、若干いつもよりさらにおかしくなっている感じがして僕は頭を抱えた。
 
 本気で踏んでやろうかとも思ったのだが、こいつなら本当に喜ぶんじゃないかという不安からそれはできない。
 
 ――と、そこまで考えて僕は思いついた。
 
 僕は踏まずに、那都葉を懲らしめる方法を。
「……そんなに踏まれたいなら踏んでやろう」
「え。ほ、ほんとに……?」
「おりゃ!」
 僕は掛け声とともに、那都葉めがけて容赦なく琉未ちゃんを投下した。まだ部屋の外で待機していた琉未ちゃんを持ち上げ、琉未ちゃんに那都葉を踏ませたのだ。
「ぐええ!」
 那都葉は、女子が決して発してはならない声を発した。どうやら、琉未ちゃんの小さなあんよがみぞおちに決まったらしい。
「けほっ! けほけほっ!」
 琉未ちゃんをどけるなり、横になったまま背中を丸めて咳き込んだ。
 
 しかしそれをあえてスルーし、僕は琉未ちゃんのほうを気遣う。
「ごめんな琉未ちゃん、変なことさせて」
 那都葉とは目も合わせずに、琉未ちゃんの頭をなでてやった。
「でもこれで、少しは浄化されてくれると良いんだけどな、琉未ちゃんの無垢さで」
 そんなことを、あえて少し大きめの声で言う。
 なでられている琉未ちゃんはといえば、那都葉のほうにちらちらと目をやりながら、困ったような顔を浮かべていた。
 
 良いのかな……、と、そんなことを思っていそうな表情だ。
 
 僕は、そんな琉未ちゃんのために、無視するのをやめることにする。五歳児に変な気を遣わせるのも悪いからな。
 
 那都葉は少し落ち着いてきていた。
「少しはまともになったか?」
 僕は床に寝そべっている妹を立たせて、ベッドに座らせてから声をかけた。
 
 那都葉はまだ若干苦しそうにしながら、顔を上げて僕を見た。
「ま……まさか本当に踏まれるとは思わなかったよ、お兄ちゃん。けほっ……」
 その発言から僕は、妹が本気でなかったことを知り、内心で安心する。どうやらまだこいつにも、まともな部分が残っていたらしい。
 
 これを機に言動を普通な方向へと修正すべく、腕を組んで少し威圧的な態度をとりながら忠告した。
「僕だってやるときはやるんだ。これに懲りたら、むやみに変なことは言わないほうが良いぞ?」
 だが、次の瞬間、僕は那都葉が那都葉であることを知るのだった。
「けほっ……で、でも放置プレイにはドキドキしたから……これはこれでありです」
 どうやらやっぱり僕の妹は、すでに手遅れだったようである。
「本当にしょうがない奴だな……」
 僕はため息をひとつつきながら、琉未ちゃんがこいつの影響を受けないことを本気で祈るのだった。
(#8へ続く)
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