朗読シナリオ

自作小説

やさしいせかい

ひそひそ、ひそひそと。誰かの囁く声がする。 朧気な言葉たちは明確なかたちを示さないまま、それでも私に向かってきている気がした。 私は固く目を瞑り、頭を抱えるようにして耳を塞ぐと、その場にしゃがみ込んだ。 ひそひそ、ひそひそと。 聞こえ続ける
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パパを嫌いでいて

やあ、アニー。十六歳の誕生日おめでとう。 本当なら何もかもを放り出して君と一緒に過ごしたいのだけれど、あいにくとウチの上司が、そのまた上司から招待を受けてしまってね。パパもそれについていかなきゃならないんだ。 もちろんパパも、“愛する娘の誕
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さすが

V社の会議室で、男たちがディスプレイへと視線を注いでいる。半円を描くように、ずらりと席についているのは、社長をはじめとした首脳陣だ。 ディスプレイの横では、きっちりとしたスーツに身を包んだ四十代くらいの男が、よく通る声で朗々と、誇らしげにプ
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キセキ不動産

ごつごつとした地面の感触が、座面から振動を通して伝わってくる。大きめの石を踏み越えたのか、がったん、と大きく車体が揺れた。 窓の外には、手を伸ばせば届く距離まで、枯れ枝が伸びている。実際、いくつかは車にぶつかっているようで、前進するのにあわ
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便利なキッチン

郵便受けに入っていたチラシの中に、興味深いものを見つけた。「あなたも未来を体験してみませんか……スマートハウス?」 それは、ある不動産メーカーによるモデルハウスの案内だった。こういう不動産系のチラシは飽きるほど見てきたが、スマートハウスとい
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変わらないもの

「あっ!」 突然台所から、よく通る叫び声が聞こえてきた。立ち上る良い香りを感じながら、呑気にソファでスマホを見ていた俺は、慌てて声のもとへと急行する。「どうした!?」 先ほどまで、とんとんとん、と小気味いい音を立てながら、包丁の音が響いてい
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異世界転移の方法

ようこそいらっしゃいました、お客様。わざわざこんな田舎の研究所までご足労いただき、まことにありがとうございます。 わたくし、当研究所で所長を務めております、左衛門三郎時近さえもんさぶろうときちかと申します。ええ、珍しい名前でしょう? この長
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国民の意思

人気配信者のストリーミングを呑気に眺めていると、合成音声が耳元で告げた。『まもなく、スケジュールされたウェブミーティングのお時間です』 どうやら気づかないうちに、約束の時間になったらしい。俺は、一秒目を閉じることで動画を止め、視界を確保する
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スモールトラベル

目が覚めた私は枕元を探った。スマホの手触りを感じて手に取れば、時刻は六時半を過ぎたところだった。確かに昨日はやたらと眠くて、帰宅早々眠ってしまったけれど、その結果がこの目覚めなら、結構悪くない気がした。 こんなにすっきりと目覚めることができ
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回顧

もしあなたが私に、お前の両親はどんな人たちだったのか、と尋ねるのならば、私は、到底まともとは呼べない人たちだったよと、答えるしかないでしょうね。幸か不幸か、私は自分の両親以外の人間と、それほど関わりのない人生を歩んできましたから、まともか、
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