迷ってへたれて抱きしめて② #1

「おいおい、大人しくしないなら降ろすぞー」
 僕に背負われてなお、アクティブさを失わない子だった。ある意味では感心すら覚えるけれど、万一怪我でもさせてしまっては困るので、僕はできるだけ優しく、でもしっかりと注意する。
「はーい!」
 
 返事は良いんだよなー、とっても。
 
 でも、
「あっ! くまさんだ! くまさーん!」
 
 長くは続かない。面白いものを見つけると、すぐにまた動き出してしまう。
 
 やれやれだ。僕はすでに若干、疲れを覚え始めていた。
 
 それはまるで、力を吸われてでもいるかのような感覚。
 僕は添えている右手に今一度力を込めた。油断はできなかった。僕は今、責任ある身だからだ。正直なところ、片手だけでは心もとなくて、本当は両手で支えてやりたかったのだが、左手は左手で空いていないのだから仕方がない。
 
 視線をやると「片割れ」は、相変わらず俯き気味で、僕に引かれるまま歩いていた。
 
 ずっとこうなんだよな……嫌われてるってわけじゃなさそうだけど。その証拠に、
「大丈夫? 疲れてない?」
 こうやって声をかけてやると、
「あ……大丈夫、です……」
 か細いながらも、その時ばかりは顔を上げて、返事はしてくれるんだ。歳に見合わぬ礼儀正しさで。
 
 だから、このおとなしさは性格なんだと思う。
 うーん、どうしてこうも違うのか、不思議でならないね。
「あー! 風船! もらってる! 風船!」
 また、背中のほうの「片割れ」が騒ぎ出した。何かのイベントか、もしくは宣伝なのか、それは知らないが、クマの着ぐるみが道端に立っていて、風船を配っているようだ。自分たちと同じくらいの子がそれをもらっているのを見て、自分も欲しいと暴力で訴えてくる。もちろん力は大したことないが、歩きにくいことこの上ない。
「こらこら叩かない叩かない。分かったよ、僕たちも風船もらおう」
 僕はそのクマに近づいた。
 
 こちらに気付いた愛らしい顔のクマは、手を振ったり飛び跳ねたりしながら、風船を手渡してくれる。
 
 受け取った暴君は、
「ありがとー、くまさん!」
 おお偉い、きちんとお礼は言えるみたいだ。
 
 おとなしいほうは、得体の知れないクマに恐怖を覚えたのか、僕に隠れて受け取ろうとはしなかった。こちらは本当に、シャイというか臆病というか。正反対って感じなんだよな。ここまで分かりやすく真逆だと、少し、疑いたくなってしまう。
 
 この子たちは本当に、「双子」なのだろうかと。
 ……ま、そんな疑念は、抱くのも馬鹿らしいものなんだけどな。
「降ろして! 降ろして!」
 そんなことを思っていたら、またも活発なほうが僕に体全体を使って意思表示を始めた。足をばたつかせ、降ろせと命ずる。本当に忙しい子だ。
「どうした急に。まあ良いけど……」
 ともあれ、正直重たく感じてきていたので、自分から降りたいと言ってくれたのは幸いだ。すぐに屈んでやると、小さな女王様は僕から離れた。そして自分の半身のもとへ駆け寄る。
「もー! 欲しいものは欲しいって言わないと、人生損するよ!」
 そしてそう言うと、今もらった風船を差し出したのだった。僕は思わず、笑ってしまう。
 
 女王様の優しさに心が和んで、頬が緩んだのもある。でもそれより、発言の内容が面白かった。
 
 いやあ、五歳が人生を語るとはねぇ……。僕ですらまだ十五年ほどしか生きてないってのに、その三分の一でこの物言い。なかなかやるじゃないか、女王様。
 
 差し出されたほうは、おずおずとそれを受け取った。その表情を伺うと、なるほど、嬉しそうだ。女王様の言うように、本当は欲しかったらしい。そのあたり、やはり双子だから通じるものがあるのかもしれない。
 
 二人並んだ姿を見て、僕は何だか、感心した。やはり、疑う余地もないほどに、二人はそっくりだったから。
「よし、じゃあ行こうおにいちゃん! おんぶー!」
「またかよ!?」
「おうよ! おにいちゃんは私の馬だからな!」
「はいはい、それは光栄でございますね」
 僕は再び、女王様を背負った。左手も繋ぎ直す。
 
 文字通り僕は今、手一杯だった。
 
 うしろをちらりと見やる。
 
 ついてくる二人の女子。
 
 一方は、僕と目が合うと、本当に申し訳なさそうな顔で軽く会釈をした。
 
 そして、もう一方は。
 
 その表情は、びっくりするほどの無表情。喜怒哀楽、一切の感情が読めない。昨日からずっとあんな感じだが、残念ながら、そっちにまで構える手が今の僕にはなかった。
 
 すまんな、那都葉。
 
 「妹」が増えちまったから、しょうがないと思ってくれ。
  
   1
 振り返ってみると、中学生としての春休みは、物足りないほどに何もないまま過ぎていったなと思う。希代学園から出された春休みの課題をこなしたり、時に桜や他の連中と遊んだりしていたら終わってしまった。
 
 月野さんとのメールのやりとりもしたな。同じ学校に進学することに関して、彼女と他愛ない話をしたんだ。月野さんは嬉しそうだった。僕としても、嬉しくはある。美少女と同じ高校に通えるのだから。
 
 とはいえ、少し複雑でもあった。薄々感づいている月野さんからの好意。相手はあんなに可愛い子だ、自惚れからくる気のせいの可能性も大いにあるけれど、好意の種類によっては、何とも言い難い。
 
 兎束さんとのことが、引っかかるからだ。僕は兎束さんが好きで、彼女から告白も受けた。……まだ答えを出すなと言われたから黙ってはいるものの、本当は僕からも伝えたかった。そうなると、月野さんには応えられないということになる。
 
 あるいは、そういう意味での「まだ」なのか?
 
 ――そういう考えにも至った。すぐに私に決めないで、というメッセージだとすると、しっくりいくものがあったのだ。
 
 ただ、そう仮定すると、兎束さんには、僕が彼女を好きなことも、月野さんが僕を好きなことも分かっていることになる。それは僕のなかで、疑問だった。何しろ、僕はまだ好意を伝えていないのだし、月野さんが僕に好意を抱いているのも、僕の妄想かもしれないのだ。
 
 そこで僕が出した結論は、「想像で考えても無意味」だった。兎束さんの思惑も、月野さんの想いも、全て僕の想像に過ぎない。だから、正しいことなんて分かるはずもないのだ。
 
 僕は、その結論が出て以来、この件に関してはとりあえず保留している。
 
 まあとにかく、そんなこんなで終わったのだ。僕の、「中学生としての」春休みは。
 
 今日は四月一日。僕が中学生としての身分を失った日である。
 
 三月三十一日まで中学生扱いだった僕は、今日より、多分高校生だ。多分というのは、まだ入学式にも出てないし、果たして高校生だと言っていいのか疑問だからである。
 
 生徒としての身分証明書もないしな。
 
 ただ、とりあえず中学生でなくなったのは確定であって、その意味で記念すべき日であった。
(#2へ続く)
 

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