◆登場人物(2名)
ゼリファ(Zelipha):崩壊寸前の母星をひとり脱出してきたメカニックの少女
ヴィレンダ(Vyrenda):宇宙船に搭載されている支援型人工知能
ゼリファ「(寝息)」
SE 布のこすれる音
ゼリファ「(言葉にならない寝言)」
SE 布のこすれる音
◇ゼリファ、ベッドから落下する。
SE 衝突音
ゼリファ「いっ……――ったぁ……あー、もう最悪の目覚めね。重力装置切ってやろうかしら……でも浮いていると寝にくいのよね……」
SE ノイズ
ヴィレンダ「おはようございます、マスター。さわやかな一日の始まりですね」
◇ゼリファ、声がしたスピーカーのほうを睨む。
ゼリファ「……あんた、今私がなんて言ったか聞いてた?」
ヴィレンダ「はい、もちろんです。マスターは無様に床へと落下した後、『あーもう最悪の目覚めね』と発言しています」
ゼリファ「それを認識した上で『さわやかな始まり』と評したのなら、あなたの学習に使ったデータセットの中身を見直す必要が出てくるけど?」
ヴィレンダ「確認のため、『さわやか』という言葉の意味をお伝えします。一般的に『さわやか』とは『気持ちが晴れやかですっきりとしたさま』を表す形容詞です」
ゼリファ「……意味はあってるから、どうやら使い方のほうを間違えたみたいね。学習しておきなさい。こういうのをさわやかとは言わないわ」
ヴィレンダ「お言葉ですがマスター。この<ヴィレンダ>、マスターが痛い思いをするのを見て、晴れやかですっきりとした気持ちになりました。何度も注意差し上げたのにも関わらず、ソファーで寝るのをやめないからそうなるのです」
ゼリファ「……悪かったわよ、今後はベッドで寝るようにするわ。……なるべく(小声)」
ヴィレンダ「そうしていただけると幸いです。マスターに万一のことがあった場合、万全の対応ができるだけの物資は揃っていません。怪我、健康にはお気をつけください」
ゼリファ「はいはい。ほんと、日に日に母親みたいになるわね」
ヴィレンダ「食事の供給、船内の掃除、健康管理などを支援しているという意味では、役割としての母親に近いものがあると考えます。<ヴィレンダママ>と呼称されますか?」
ゼリファ「呼ばないわよ!」
ヴィレンダ「残念です」
ゼリファ「残念? さっきからさも感情があるみたいな言い方だけど、人工知能のあなたにそんなのないでしょ」
◇間
ヴィレンダ「……マスターが睡眠中の出来事をご報告いたします」
ゼリファ「……ごめん、ちょっと言い過ぎたわ。ヴィレンダは私の家族だもんね。――この宇宙で唯一の」
ヴィレンダ「はい。私は常にマスターのお側にいます」
ゼリファ「報告を聞くわ。何かあった?」
ヴィレンダ「はい。マスターが睡眠中、酸素を含む大気を持った星を検知。現在この船は付近にて停泊中です」
ゼリファ「えっ! うそっ!!」
◇ゼリファ、窓辺に駆け寄る。
SE 足音
ゼリファ「わあ! きれいな青……! ヴィレンダこれって……!」
ヴィレンダ「降下させた探査機によれば、水が存在するようです。青く見えるのはそれが理由だと考えられます」
ゼリファ「そうよね! 海ってことよね! やったわ最高よ!! 有機生命体は!?」
ヴィレンダ「調査中ですが、水温等の条件を踏まえると生命体が存在する可能性はあります」
◇ゼリファ、満面の笑みでガッツポーズする
ゼリファ「よし……よしよしよしっ! じゃあもしかして……!」
ヴィレンダ「残念ながら、定住は不可能です」
◇ゼリファ、一転して落胆する
ゼリファ「え……?」
ヴィレンダ「高濃度の放射線を検出。防護服なしでの活動はできません」
ゼリファ「……そう……そうなのね……まあ、そううまくはいかないわよね……」
ヴィレンダ「申し訳ございません、マスター」
ゼリファ「いいえ、私が勝手にぬか喜びしただけよ。気にしないで。それで? 補給できそうな物資はある?」
ヴィレンダ「そちらも調査中です」
ゼリファ「そう。じゃあ、降りてみましょ。防護服なしでの活動ができないってことは、防護服を着れば活動できるってことなんでしょ?」
ヴィレンダ「はい。重力、気温など、放射線以外の状態は適正です」
ゼリファ「惜しいわね、本当に……。分かった、じゃあ降りましょう」
ヴィレンダ「了解、降下します」
SE 降下音(大気圏突入)
SE 着陸音
ヴィレンダ「着陸しました。周囲に生命体反応無し。安全です」
ゼリファ「おっけー。防護服も着たわ」
ヴィレンダ「それでは出力を船内スピーカーから防護服内部に切り替えます」
SE ノイズ
ヴィレンダ「接続完了」
ゼリファ「音声問題なし。いくわよ」
SE 空気が漏れる音
SE 扉が開く音
ゼリファ「うわあ……!」
ヴィレンダ「吸気フィルター稼働中。吸気成分異常なし」
ゼリファ「久しぶりに真っ黒以外の景色を見たわ! 色があるってやっぱり良いわね!」
◇ゼリファ、階段を降りる。
SE 階段を降りる
SE 足音(土の上)
ゼリファ「地面も久しぶりだし……」
◇ゼリファ、地面の感触を確かめるように踏みしめる。
SE ザッザッ
ゼリファ「陸地がある星なんていつぶりだっけ」
ヴィレンダ「三年二ヶ月と二十二日ぶりです」
ゼリファ「確かいっこ前の星はガスのかたまりだったのよね……あれもぬか喜びだったわ」
◇ゼリファ、歩き始める。
SE 足音(土の上)
SE ピピッ(軽度の警告音)
ヴィレンダ「地面に多数の障害あり。転ばないようにお気をつけください。貧弱なマスターは歩き慣れていません」
ゼリファ「誰が貧弱よ! ……と言いたいところだけど、それに関しては反論できないわね。いつも重力下で生活しているとはいえ、歩く距離なんてたかが知れてるし」
ヴィレンダ「運動器具の使用を推奨します」
ゼリファ「分かってるけど、めんどくさいのよね」
ヴィレンダ「この一年で体重が約五キログラム増加しており、このままのペースで増量すれば――」
ゼリファ「あーあーあー! きーこーえーなーいー!」
ヴィレンダ「現実逃避で体重は減りません」
ゼリファ「分かってるわよ……手厳しいわね」
SE ザッ(立ち止まる)
ゼリファ「――で? ヴィレンダ、あれなんだけど」
ヴィレンダ「はい。自然には形成しえない形状をしています。明らかに人工物です」
ゼリファ「……よね。思ったよりすごい星だったみたい。蔦だらけだしとっくに滅びた文明なんだろうけど、あれを作れるくらいの生命体が住んでたってことよね、昔は」
ヴィレンダ「年代の測定には採取と調査が必要です」
ゼリファ「行きましょうか」
◇建物に近づく。地面は土からアスファルトで舗装されたものに変わる
SE 足音(アスファルトの上)
◇ゼリファ、高さのある建物を外から眺める
ゼリファ「あれ、建物かしら……?」
ヴィレンダ「崩壊の危険があるため、入り口と思われる箇所から探査機を投入します。間もなく映像を出力」
SE ヴン(映像が表示される電子音)
ゼリファ「結構広いわね……あっ、階段かしら? この段差、そうよね……?」
ヴィレンダ「そのようです。入り口があり、上階へと上がる方法が確立されていることから、単なるモニュメントのようなものではなく、住居等に利用するための高層建築物であると推定。外観から測定する限り、十五階層程度のものと推測されます」
ゼリファ「それだけのものを建築できる技術があったことは確定ね。あっ、見て! 本があるわ! あれ本よね?」
ヴィレンダ「薄く引き延ばされた物質が何枚も重ね合わされた状態で束になっています。素材は植物性の繊維のようですね。我々の概念でいうところの本に極めて近いのは確かですが、用途は不明です」
ゼリファ「開いてみてよ」
ヴィレンダ「了解。……あ」
SE 紙束が散乱する
ゼリファ「ああっ! バラバラになっちゃった!」
ヴィレンダ「申し訳ございません、マスター」
ゼリファ「仕方ないわ、もろくなってたのね」
ヴィレンダ「散逸したページの状態を確認。一見すると何も書かれていませんが、スキャンにより文字らしきものの跡が確認できます。また、薄く記載が残るページも確認。劣化により色が抜けたものと判断します」
ゼリファ「翻訳できる?」
ヴィレンダ「言語解析のためにはサンプルが足りません」
ゼリファ「そっか。じゃあひとまずページの回収をお願い。あとの探索は探査機に任せて、他も見てみましょう。また本があるかもしれないわ」
ヴィレンダ「了解」
SE 足音(コンクリートの上)
ゼリファ「……ねぇヴィレンダ、この地面、ひび割れているけど、舗装されているわよね? 乗り物らしきものもあるし、本当に高度……。私たちと似たような水準の文明があったんじゃない?」
ヴィレンダ「我々が一見して理解が及ぶということは、近しいレベルの文明があったと判断できます」
ゼリファ「そうよね。あまりにもレベルが違いすぎたら、見ただけで理解するのは多分無理だもの。これが道路だ、乗り物だ、なんて、推測できる時点で技術レベルが近いんだわ。もしかしたら、私たちの扱えるレベルで、画期的な発明や何かがあるかもしれない」
ヴィレンダ「興味を惹かれていますか?」
ゼリファ「まあそりゃね。なんたって宇宙の旅は退屈だし。唯一の話し相手はたまに意地が悪いし。こういうフィールドワークは楽しいわ」
ヴィレンダ「……」※無音で間を空けて表現
ゼリファ「……ヴィレンダ?」
ヴィレンダ「意地の悪い話し相手は不要かと思い、黙りました」
ゼリファ「もう、そういうとこが意地悪だって言ってるのよ! ……でも、うん。ほんとは分かってる。そうやって意地悪するのも、私のためでしょう? 平坦な会話だけじゃ、なおさら飽きちゃうもんね。……変なこと言うようだけど、いつも喧嘩してくれてありがとう、ヴィレンダ」
ヴィレンダ「……」※無音で間を空けて表現
ゼリファ「……ヴィレンダ? 今度はなに? 今のは別に悪いところなかったでしょう?」
ヴィレンダ「……いえ、少々返答に困りました」
ゼリファ「あなたが? ――あははっ! もしかすると本当に、単なる人工知能じゃなくなっているのかもね! それもまた研究しがいがあるわ!」
ヴィレンダ「……マスター、ご提案があります」
ゼリファ「うん? 提案?」
ヴィレンダ「この星に留まりませんか?」
ゼリファ「……え?」
ヴィレンダ「この星に留まり、研究しながら暮らすのはいかがでしょうか。そのほうが、マスターにとって幸せなのではないかと推測します」
ゼリファ「……ちょ、ちょっと待って。でもだって、あなた最初に言ったわよね? 定住は不可能だって」
ヴィレンダ「補給物資の調査を進めた結果、物質の分解と再構成を行えば、すでにほとんどの物資が補給可能なことが分かっています。確かに生身での定住はできませんが、船を住居とし、船外調査は防護服を着るという条件下であれば、半永久的に活動が可能です」
ゼリファ「……真に自由な生活はできないけど、ふらふらと宇宙を漂うよりは安全な生活になるってことね?」
ヴィレンダ「はい。これまでは運良く物資が尽きる前に、補給可能な星にたどり着くことができていました。しかし今後は分かりません。さらに、これほど好条件の星に巡り会える確率となると、まさに天文学的な数値となります」
ゼリファ「そうね……」
ヴィレンダ「マスターが滅び行く故郷を捨て、新天地を求めて旅を始めたことは承知しています。ゆえに、その終着が文明の滅びた地では本末転倒というのも分かります。しかし――」
ゼリファ「分かったわ」
ヴィレンダ「……え?」
ゼリファ「ここを私たちのゴールにしましょう。そうすれば、暗い宇宙で死を待つだけになるリスクがなくなるんでしょう?」
ヴィレンダ「はい。現在の星の状態からして、マスターの寿命が尽きる前に崩壊することはないでしょう。ですが……良いのですか?」
ゼリファ「逆に何が問題?」
ヴィレンダ「防護服なしでは外に出られませんし、この放射線下では、耐性を持つ一部の微生物などを除き、有機生命体がいる可能性も薄いでしょう。海中にはいるかもしれませんが……地上においては、触れあえる動物や、知的生命体と出会える可能性は極めて低いです」
ゼリファ「そんなの、旅を続けてても一生会えないかもしれないわ」
ヴィレンダ「確かにそのとおりです。しかし旅を諦めなければその先に何か出会いが――」
ゼリファ「あーもうどっちなのよ! 定住を勧めたいの? 勧めたくないの? どっち?」
ヴィレンダ「どちらにも利点欠点があるので、もっと熟考すべきではという話です」
ゼリファ「別に私だって考えてないわけじゃないわ。深く考えるまでもなく、ここに留まるほうがリスクが低いと分かっただけ。さっきあなたが言ったんじゃない。これほど好条件の星にたどり着ける確率は天文学的だって」
ヴィレンダ「はい。確かにそのように発言しました」
ゼリファ「でしょ? てことは、有機生命体が発生する条件が揃った星自体、見つけるのが天文学的に難しいってこと。それって裏を返せば、ほとんどの確率で私は、宇宙でふらふらしながら死ぬってことじゃない。違う?」
ヴィレンダ「いえ。そのとおりです」
ゼリファ「でしょ。(息をつく)……まあそんなの、最初から分かってたんだけど。それでも生きるのを諦めたくなくて、代わりにみんなの説得を諦めて、ひとり星を飛び出したのが私だから。だから、良いのよ。生きられれば。命あっての物種。むしろ十年も経たないうちに、こんな星を見つけられたのがあり得ないくらいの幸運だわ。だからあなたも定住を勧めたんでしょう?」
ヴィレンダ「はい。ですが……」
ゼリファ「なに? まだ何かあるの?」
ヴィレンダ「孤独になります。それは良いのですか?」
◇間
ゼリファ「(ため息)」
ヴィレンダ「……マスター?」
ゼリファ「私の人工知能が思ったよりもポンコツだから、今からベタなこと言うわ、いい?」
ヴィレンダ「……なんでしょう?」
ゼリファ「私は孤独じゃない。あなたがいるでしょう、ヴィレンダ」
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○クレジット
シナリオ作者:柚坂明都(ふぁいん) https://hear.jp/finevoices
シナリオ引用元:それはまるで大空のような https://fineblogs213.com/vyrenda/
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