異世界転移の方法

 ようこそいらっしゃいました、お客様。わざわざこんな田舎の研究所までご足労いただき、まことにありがとうございます。

 わたくし、当研究所で所長を務めております、左衛門三郎時近さえもんさぶろうときちかと申します。ええ、珍しい名前でしょう? この長くて複雑な名前のおかげで、学生時代は大変苦労したものですが、社会人になってからは、一度で覚えていただけるので、意外と重宝しております。名刺いらずの左衛門三郎時近、左衛門三郎時近を、どうぞよろしくお願い申し上げます。

 さてさて、事前のお約束では、本日この時間にいらっしゃる旨のみを伺っておりましたが、今回のご用件はどういったものになりますでしょうか。と、言いましても、当研究所にいらっしゃる皆様の目的はひとつかと思われますが……ああ、やはりお客様も、”アレ”でございますね。

 それではまず、受付と、大変恐縮ではございますが、料金の先払いをお願いいたします。カードまたは小切手でのお支払いでしたら、受付の最中に手続きさせますが……失礼、もしや、後ろにお控えのお連れ様が持っているそちらがお代金でお間違いなかったでしょうか。――いえそんな、むしろわざわざ現金でお持ちいただいて、お手数をおかけしてしまいました。やはり事前にご用件をはっきりとさせて、お支払い方法まで明確にしておくべきでしたね。我々の配慮が至らず、まことに申し訳ございませんでした。

 それではこちらは一旦お預かりして、金額を確認させていただきます。ええと、ケースひとつにつき一億円でよろしかったでしょうか。それでは二ケースお預かりして、後ほど五千万円はお返しするかたちとさせていただきます。しかしまさか十ケースもお持ちになっていただくとは。当研究所の発明に、それだけの価値を期待されているということでしょうか。まことにありがとうございます。そしてどうか、ご安心ください。ご期待以上の感動をお約束させていただきます。

 では、お代金を確認させていただいている間に、改めて、ご説明と、受付を進めさせていただきます。すでにご存じの通り、これからお客様にご利用いただくのは、異世界転移機でございます。異世界は、お客様が体験したことのない驚きと経験に満ちており、必ずや楽しんでいただけることと思います。また、転移先での身の安全は、当研究所が保証いたしますので、その点はご安心いただければと思います。

 続いて期間ですが、転移期間は一週間となり、一週間後にこちらの世界に戻ってくるかたちとなります。異世界にも、ここと全く同じ設備を備えた研究所がございますので、行きと同じ手続きを経て、戻ってくることになります。ただし、お客様が希望された場合には、異世界にてそのまま生活していただくことも可能です。その場合の住居、仕事などは、お客様自身でご都合をつけていただくかたちとなり、また、当研究所としての支援もそこで打ち切りとなってしまいますが、その代わり、本日いただいた代金のうち五千万円を、異世界の通貨で返却させていただきます。それで当面の生活は可能かと思いますので、もし、異世界が気に入った場合には、遠慮なく申し伝えていただければと思います。

 さて、続きまして、こちらは注意事項となりますが、まず、当研究所が提供するのは異世界転移であり、転生でない点にご留意願います。まれに、記憶を持ったまま若い体に生まれ変われると信じて来られるお客様がいらっしゃるのですが、残念ながら、当研究所の技術力を持ってしても、それは不可能となります。あくまで転移となりますので、お客様自身の肉体に変化はなく、また、創作物によくありますように、特別な能力が与えられるといった特典もございません。逆に言えば、これこそが現実の異世界転移であり、現実であるからこそ、シビアな点もありますことをご承知いただければと思います。

 また、そういった特性から、転移にご満足いただけない可能性もございますが、わたくしどもの支援に不手際があった場合を除き、一度転移された後の返金はできかねますのでご了承ください。ご希望されるのであれば、予定を早めてのご帰還手続きも可能ですが、その場合も、返金は不可とさせていただきます。とはいえ、これまで何人ものお客様にご利用いただいておりますが、皆様、異世界を楽しんでいらっしゃいますので、なにとぞ、ご安心いただければと思います。

 それでは、以上で説明は終了となりますが、何かご不明点はございますでしょうか。

 特にないようであれば、こちらの同意書にご署名いただければと思います。それから、金額の確認が終わりましたので、こちらが五千万円のお返しとなります。お確かめくださいませ。

 ――はい、それでは、同意いただけましたので、早速、転移装置のある部屋へ移動しましょう。こちらにどうぞ。

 この先が三重扉になっておりまして、それぞれ強固なセキュリティで守られているのですが、言わばこれが、お客様がこれから向かう異世界の扉になるかと思います。扉を抜けるとカプセルがございますので、そちらで転移を始めさせていただきます。なにぶん異世界ですので、転移には六時間ほど必要となってしまいますが、転移中は記憶が途切れますので、体感では一瞬かと思います。記憶が途切れる理由は、残念ながらわたくしどもも解明できてはいないのですが……ああ、いえ、ご安心ください。それによる事故などは、これまで一件も起こっておりませんので、安全でございます。

 それでは、こちらが例のカプセルです。早速転移を始めましょう。お座りいただきまして……ええ、念のためシートベルトも着用いただき、それでは、カプセルを閉じて転移を開始いたします。

 どうか、見るもの全てが新鮮な異世界の旅をお楽しみください。

 カプセルが閉じるのを見届けると、左衛門三郎時近はカメラに向かってジェスチャーで合図を送った。

 すると間もなく、カプセル内に催眠ガスが充満し、客は意識を失う。続いて、意識のロストを検知した装置が、自動的に、脳の記憶領域へとアクセスを開始した。それを注意深く見守る左衛門三郎だったが、無事に、記憶の書き換えフェーズへと移ったのを見て、安堵した。

「最初のアクセスにさえ失敗しなければもう大丈夫。あとは待つだけで、このお客様の持つ常識は、ファンタジー小説のそれへと置き換わるはずだ。そうしてカプセルを出れば、あらびっくり。目の前には地球という、見たこともない異世界が広がっているというわけさ……」

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本作は、朗読、ラジオドラマにご活用いただけるシナリオとして、「HEARシナリオ部」の活動内で作成いたしました。

ご使用の際は、説明欄等に、以下クレジットをご記入いただけますと幸いです。

また、音声投稿サイト「HEAR;」での投稿時には、タグに「異世界転移の方法」もしくは「HEARシナリオ部」と入れていただきますと、作成いただいたコンテンツを見に行くことができるので嬉しく思います。

○クレジット

シナリオ作者:柚坂明都(ふぁいん) https://hear.jp/finevoices

シナリオ引用元:それはまるで大空のような https://fineblogs213.com/method-of-transfer-to-another-world/

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