支える手 <「雪原の歌姫コンテスト」特別書き下ろし>

「ひなたー、もうタクシーくるぞー」

「待って待って! もう少し!」

「今日はラジオだぞ。顔も出ないし、最悪そのままでも……」

「そういうわけにはいかないのっ!」

 玄関で待つ俺に、ひなたの声が飛んでくる。自室の鏡とにらめっこしているのであろうその声を浴びながら、俺はやれやれと頭を掻いた。

 今日もうちのお星様は通常営業だ。ひなたは基本、わたわたしている。それか、のんびりとしている。マイペース、という表現がここまでぴったりな人間もそうそういないだろう。マネージャーたる俺の仕事は、そんな「ひなたペース」を「社会人ペース」になるように調整してやることなのだが、……何かと苦労は多い。

 俺は左腕の時計に視線を落とした。動き続ける三本の針は、間もなく、予定した時刻を過ぎようとしていた。

「――ごめん、やな君! お待たせ!」

 ――ひなたがそう言って玄関に現れたのは、五分ほど遅れてのことだった。ほんの三十分前まで寝起きだった顔は、細部まで綺麗に整えられている。寝癖がはねていた髪も、しっかりと櫛を入れた様子が見て取れた。時間のわりに丁寧な仕事ぶりだ。思わず感心してしまう。

「思ったより早かったな」

「もう、だからごめんって。そんな言い方しなくても……」

「いやいや、皮肉じゃなくて。本当に、思ったより早かったんだよ。おかげでほら、まだタクシーは来てない」

 俺は玄関を開けて、外を少しだけ見せてやる。そこにはまだ、車の影はなかった。

「あれ、ほんとだ。道が混んでるのかな?」

「本当の予定時間はあと十分後なんだ。……タレントの行動パターンを読んでスケジューリングするのも、マネージャーの仕事なんでね」

「へ?」

「というわけで、余った時間で持ち物チェーック! まずは手始めに、スマホは?」

「え? えぇ!?  えーと、えーと、スマホ、スマホ……あれっ!? 机の上に出しっぱなしかもー!」

「いきなりつまづいたか……」

 俺は苦笑しながら、部屋に引き返していく“いつもどおりのひなた”の後ろ姿を見つめる。つくづく思うが、あれがあの“YUKI”の素の姿だとは、誰も思わないだろう。

 ――シンガーソングライター “YUKI”

 十年前、弱冠十五歳の新人としてデビューした彼女は、間もなく、人気歌手の仲間入りを果たした。それだけの実力があったのはもちろんだが、デビューと同時に、とある動画がバズったというのも大きい。

 アマチュア時代最後の路上ライブ。雪降る中、ギター一本でおこなわれた独演会は、五千人もの人を集めた。その場にいたファンによって、いくつもの動画が公開されたそのライブは、YUKIのファンのみならず、一般にも浸透する伝説となり、YUKIのキャッチコピー、「雪原の歌姫」の由来のひとつとなった。

 気づけば十年というところだが、俺は今でも、あの時の、あの熱を、すぐに思い出すことができる。それだけの力が彼女の歌声にはあった。そうでなければ、当時まだ新卒のペーペーだった俺が、独断で彼女をスカウトすることはなかっただろう。

「――……やな君、やな君!」

「……お?」

 とんとん、と、肩にわずかな衝撃。いつのまにか思い出に浸ってしまっていたらしい俺を、戻ってきたひなたが不思議そうに見上げていた。俺の肩くらいの位置から、視線がびびび、と飛んできている。

「あ、ああ、悪い、ひなた。スマホあったか」

「うん、あったけど……どしたの、そんな『あの頃は若かったなあ』みたいな顔して」

「え? 俺、そんな顔してた……?」

「してたしてた。やな君がボーッとしてるなんて珍しいね。もしかして、疲れてる?」

「いや、まあ確かに最近バタバタしてるけどそこまでは……」

「あ、やな君、タクシー来た。行こう!」

「あ、おう……いや待て、ちなみにそれってどんな顔だ……? おーい、ひなた? おーい」

 ラジオ局に着いた俺たちは、早速、本番前の打ち合わせに入った。ディレクターとともに、キューシートと呼ばれる進行表をチェックしていくひなたを横目に、俺は俺で、番組プロデューサーと、企画の現状確認を始める。

「改めて、このたびはYUKIの十周年にフォーカスいただき、『雪原の歌姫コンテスト』を企画いただいて、まことにありがとうございます」

 俺は若干表情をこわばらせながら、まずはそう切り込んだ。

 『雪原の歌姫コンテスト』――それは、番組内にて進行中の、リスナー参加型のショート動画企画だ。

 内容は至ってシンプル。YUKIのデビュー十周年を記念して発売されたシングル『白いセカイのあしあと』をテーマに、一分ほどのショート動画を投稿してもらうだけだ。投稿数が百、千、万と、増えれば増えるほど盛り上がるが、逆に言えば、数が集まらなければ大惨事になってしまう企画のため、俺はプレッシャーを感じていた。何しろ、盛り上がらなければ十周年に泥がつくだけでなく、「YUKI」のブランドにも関わってくる。アーティストとはいえ商売でもある以上、「数が取れること」は非常に重要だ。

 だからこそ今回は、ラジオにも関わらず、ショート動画形式での募集としていた。そのほうが、YUKIのファン層である二十代までの女性に馴染み深いだろうという想定だ。だが、大元が深夜ラジオである以上、どこまで広がるかは未知数。蓋を開けてみるまで、結果は全く読めなかった。

「それで……どうですか。応募数のほうは」

 俺は核心に迫る。ピリッと緊張が走ったのもつかの間、プロデューサーからは、そんな空気を吹き飛ばす笑顔が返ってきた。

「上々ですね。これ以上ないくらい、上々です。特に、普段ラジオを聴かないような十代からの応募が目立ちます。YUKIさんのおかげですね」

 ホクホク顔のプロデューサーは、応募状況をまとめた資料を見せてくれた。年齢分布を見ると、確かに十代の応募数が圧倒的だ。調子が良いようで、自然と俺の表情も緩んだ。おっさんふたりがニコニコ向き合うかたちとなる。

「正直、予想以上の大反響です。我々からYUKIさんに打診させていただいた話ではありますが、ここまで盛り上がるとは思っていなかったですね。これは、妻にも感謝しないといけませんよ」

 プロデューサーは、ポロリとそんな話をこぼした。

「奥様、ですか?」

「あれ、言ってませんでしたっけ。実はこの企画、思いついたのは妻のおかげなんですよ。ほら、十周年企画の第二弾として開催されたライブ、あったじゃないですか。あれに妻が参加してまして」

 初耳の情報だ。どうやら、先日ドームで開催したライブに、参加してくれたということらしい。

「そうだったんですか。事前に言ってくだされば、チケットをこちらでご用意できたと思うんですが……」

「いやいや、お気になさらず。仮にご用意いただいていたとしても、多分妻は、自分でチケットを買うと言っていた気がしますから。何しろ、CDやライブグッズを片っ端から集めて飾っているくらい、熱烈なファンでしてね。『自分のお金で行く』と言う気がします」

 プロデューサーは恥ずかしそうに頭を掻きながらそう言うと、自宅のリビングだという写真を見せてくれた。確かに、YUKIのCDや、ファンクラブ会員限定のグッズなどが、所狭しと並べられている。

「これはすごいですね……非常にありがたいお話です。そのおかげでYUKIに注目いただいたということなんですね」

「ええ、そうなんです。実を言うと、私も今ではすっかりYUKIさんのファンでして。妻があまりにも熱心なもので、そんなに熱くなれるならと聴いてみましたら、とっても良かったものですから。せっかくなので、私にも何か応援できることはないかと思いまして」

 そう言われて見たプロデューサーの顔は、確かにファンのそれにも見えてきた。身近にこんなファンがいるというのは、俺自身も嬉しい。

「本当にありがとうございます。今度、ライブがある際には、ぜひともご招待させてください」

「はは、嬉しいですね。楽しみにしています」

 俺はプロデューサーと固い握手を交わした。企画を持ちかけられた段階から、こちらにものすごく好意的なのは感じていたのだが、まさかこんな裏があったとは。こういう話を聞くと、マネージャーとして誇らしくなる。

 そうこうしているうちに、ひなたのほうも、確認が終わったようだった。

「YUKI、ラジオ、大丈夫そうか?」

「マネージャー。ええ、大丈夫です。基本的に私は、皆さんからの応募作品に対してリアクションすれば良いみたいですから。任せてください」

「そうか……なんというか、立派になったな」

「ふふっ、そうですか? まあ、あんまりメディアには出ないとはいえ、これでも十年やってますからね」

「はは、まあ、それもそうか」

 それでも普段を知っていると心配になるんだよ、という言葉は飲み込みつつ、俺はすっかり仕事モードになったひなたを見つめた。デビュー当時、まだ中学を卒業したばかりだったひなたも、いつの間にか大人としての礼儀を身につけ、外ではしっかり社会人としての対応ができるようになった。その成長を知っているだけに、マネージャーとしても、俺個人としても感慨深い。

 思えば、社会人として、公私は混同しないようにしよう、と言い出したのもひなたからだった。当時、まだ二十歳はたちそこそこだった彼女から受けた提案に、彼女のプロ意識を見たのを覚えている。――まあ、わざわざそんな線引きをしなくてはいけなくなったのも、そもそもは公私の「私」のほうで、彼女自身が猛烈にアタックしてきたからなのだが。……負けた俺も悪いけど。

 ――カシャッ

「マネージャー? またあの顔になってますけど、大丈夫ですか?」

 突然響いたシャッター音で我に返ると、目の前でひなたがスマホをこちらに向けているところだった。

 忘れそうになったスマホ、思わぬところで大活躍。どうやら俺はまたボーッとしてしまったらしい。

「ああ、いや、ごめん。なんだか今日は十周年に引っ張られて色々思い出してしまうみたいだ。仕事に集中しないとな」

「ふふっ、マネージャーでもそんなときがあるんですね。何を思い出したのか気になるので、思い出話はあとでゆっくり聞くとして……とりあえず、すぐ収録が始まるそうなので、「アレ」、お願いします」

「ああ、「アレ」だな。……まあ、ライブ前ならともかく、ラジオの収録前ってなると、ちょっと大げさすぎる気がして恥ずかしいけどな……」

「今さら何言ってるんですか。これも十年、やってるんですよ?」

「まあなあ……とはいえ、新卒の頃に勢いでやったことが、まさか十年も続くとは思ってなかったんだが……よし、じゃあ後ろ向け」

「はい」

 俺は、後ろを向いたYUKIの背中に軽く手をあてた。伝わってくる彼女の心音。それを落ち着けるように、俺は、いつもの言葉をかける。

「楽しんでもらうために、笑顔になってもらうために、まずは自分が楽しんで、笑えばいい」

 そうして、その手に少しだけ力を込めて、彼女の背中を押した。

「行ってこい、YUKI」

「あ、そういえばさっき撮った写真、あとで消してくれよ?」

「……だーめ。ボーッとしてるやな君、可愛くて好きだもん」

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本作は、「雪原の歌姫コンテスト」結果発表回用に作成いたしました。

通常のHEARシナリオ部作品と同様、朗読、ラジオドラマにご活用いただけるシナリオとして、ご使用いただけます。

ご使用の際は、説明欄等に、以下クレジットをご記入いただけますと幸いです。

また、音声投稿サイト「HEAR;」での投稿時には、タグに「支える手」もしくは「HEARシナリオ部」と入れていただきますと、作成いただいたコンテンツを見に行くことができるので嬉しく思います。

○クレジット

シナリオ作者:柚坂明都(ふぁいん) https://hear.jp/finevoices

シナリオ引用元:それはまるで大空のような https://fineblogs213.com/supporting-hand

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