V社の会議室で、男たちがディスプレイへと視線を注いでいる。半円を描くように、ずらりと席についているのは、社長をはじめとした首脳陣だ。
ディスプレイの横では、きっちりとしたスーツに身を包んだ四十代くらいの男が、よく通る声で朗々と、誇らしげにプレゼンテーションを行っている。その表情は自信に満ちあふれているが、その根拠は、今映し出されているグラフにあった。
「ご覧いただきますように、『Awaken』は発売後、爆発的に売り上げが伸びており、一ヶ月が経過した現時点で一千万個を突破しております。それ以降も衰えることなく好調に販売継続中です」
『Awaken』はV社の新製品だ。外観は、高さ十二センチほどの円柱状をしており、重さは三百グラムほど。アルミ合金を使用し、シルバーに美しく塗装されたそれは、近未来的な輝きを放っている。
一見すると何に使うのか分からないが、ある画期的な機能を備えた新時代のデバイスであった。
男はスライドショーを次のページへと切り替えながら、幹部たちを見つめ、成果の報告を続ける。
「発売直後から放送しているテレビCMも好調で、先日発表された“耳に残るCMランキング”で一位を獲得したほか、各種の印象調査においても好感触です。また、代表的なECモール各社のレビューにおいても、満点評価が続出しており、それを見て購入者が増えるという好循環を見せています」
男は理路整然と、しかし一貫して「とにかく売れている」という主張を続けた。それを受けた幹部のひとりから、「生産スピードはどうかね?」と質問が飛べば、待ってましたとばかりに資料を切り替え、得意顔で語る。
「生産も順調で、万全の体制を維持できています。これもひとえに、皆様にご理解いただき、従来ならあり得なかった量の事前生産をご承認いただきましたおかげです。発売前から大量生産を進めていなければ、おそらくは発売直後に品薄になったことでしょう。昨今では、悪質な転売行為なども見受けられますからね。事実、『Awaken』に関しても買い占める動きがあったようですが、我が社の盤石な生産体制を前に、思ったような転売ができなかったようです。その点につきましても、顧客の皆様からは好意的な印象を得られているとの調査報告を受けています」
我ながら完璧な回答だ、と、男は密かに自賛する。その気持ちをのせ、どうだ、とばかりに男が視線を返せば、質問してきた幹部は満足そうに頷いていた。
さらに気分を良くした男は、決め手とばかりに、核心へと迫る。
「続いて、『Awaken』の販売未来予測ですが、我が国六千八百万の労働人口のうち、少なくとも半数の三千万人には、この勢いのまま、一気に普及すると考えられます。ただ、『Awaken』の性能を踏まえれば、そこで留まるとは思えません。第一段階として三千万人に行き届いた後は、比例して、製品の信頼性が上がります。よって、労働者のみならず、子供世代、学生にも安全にご利用いただけるデバイスとして広まっていくことでしょう。ゆくゆくは、スマートフォン同様、ひとり一台の時代が到来するはずです!」
男の言葉は徐々に熱を帯びていく。それだけの性能と需要があると、信じて疑っていないからこその熱量だ。そう思うに至るまでの結果と根拠はすでに示しており、説得力は持たせられたはずだった。あとは、この勢いのまま、首脳陣の野心に火をつけるだけである。
男は最後の火種を届けるべく、スライドを切り替えた。
「世界進出」の文字が躍る。
「この波は、日本にのみ留まるものではありません! この――脳内睡眠物質除去装置『Awaken』は、国境を越え、世界の労働者、学生、学者にとってなくてはならないものになるでしょう! 我々はこの『Awaken』で、人類を「睡眠」という束縛から解き放ち、その分の活動時間を与えるのです! これは革命に他なりません! 我々は、人類、いや、生物誕生以来の原則を打ち破り、その成果でもって、世界企業の一員となるのです!!」
そう言い切った瞬間、男の情熱は熱狂となって会議室を覆い尽くした。社長をはじめとした重役達が立ち上がり、拍手でもって男に応える。男は深く頭を下げ、その音色を噛みしめた。
自身もまた『Awaken』を使うことで、三日三晩眠ることなく、緻密に作り上げたプレゼンテーションは、今、成功したのである。
男の脳内には、世界進出の成功と、その実績をひっさげて昇進する自分の姿が、はっきりと浮かんでいた。
――そして三ヶ月後
『Awaken』は、日本での勢いそのままに、一気に販路を拡大し、アジア、アメリカ、ヨーロッパへと進出していった。
各国の家電量販店、そしてマーケットサイトで取り扱いが開始される。
華々しい成功への第一歩、発売初日。
とある国の家電量販店で、ひとりの男が『Awaken』に目を止めた。連れの男が声をかける。
「ヘイ、どうした。何かクールな品物でもあったか? ……なんだそりゃあ? トマト缶がどうしてこの店に売ってるんだ?」
「いや、どうやらトマト缶じゃあないらしい。よく見ろ、トマトの写真なんてついてないだろう?」
「じゃあなんの缶詰だって言うんだ?」
「缶詰じゃあない。『Awaken』とかいう機械らしい。なんでも、眠くなったら使うんだとさ。するとあら不思議。眠気が吹っ飛び、いつまでも働けるらしいぜ」
「……なんだって? おいおい、一体そんなクレイジーな商品、どこのどいつが欲しがるってんだ」
「俺だって分からないが、もう三千万台売れてるらしいぞ。えーと、製造国は……」
「待った! 当ててやる。製造国は、……日本だろ?」
「……驚いた。どうして分かったんだ?」
「眠いのを我慢して働くなんて、日本人くらいのもんさ。あいつらは、トマトだからな」
「オーッ、さすが日本人だぜ。二十四時間、会社に缶詰なんて、俺には到底無理だね」
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本作は、朗読、ラジオドラマにご活用いただけるシナリオとして、「HEARシナリオ部」の活動内で作成いたしました。
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○クレジット
シナリオ作者:柚坂明都(ふぁいん) https://hear.jp/finevoices
シナリオ引用元:それはまるで大空のような https://fineblogs213.com/as-expected/
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